misima 漢詩平仄音韻分析 Chinese Verse Analyzer

友人の皆様,あけましておめでとうございます。

さて,この正月はまったくどこにも出歩かず,家でずっとプログラム作成,芭蕉研究をしていた。そして,最近,漢詩に興味があり自分でも書いてみたいと思い,漢詩の本に首っ引きであった。俳句・短歌と大きく異なり,漢詩はご存知のとおり,平仄,音韻規則が厳しくてちょっとやそっとじゃ立ち入ることすらできない。俳句なら「春の夜や兄が屁をひり咽せるまで」みたいなのは小学生でも作ってしまう。もちろん俳句・短歌もよい作品を詠むのは生半可のことではないのだけれども,漢詩はまずもって規則に準拠する壁の前に,へたくそな詩すら形をなすこと自体に苦労する。

「規則」があるなら計算機の出番。ということで,漢詩形式分析プログラムを自分のために作ってみた。題して「misima 漢詩作成支援」。入力した漢詩(五言絶句,五言律詩,七言絶句,七言律詩の一般的近体詩だけを対象にしている)の平仄音韻規則を診断し,問題点を表示する。作成者は問題点について文字を見直して,チェックを繰り返しながら漢詩を仕上げて行くことができる。これが本プログラムの目的である。

misima 旧字・旧仮名遣い変換プログラムを作成した際に漢字データベースを作ったこともあり,それに基づくこのサーバも misima シリーズとすることにした。入力した漢字が DB になかったとしてもご愛嬌ということで。この漢字 DB は 6,700 文字程度を蓄積している。覚えたての SQLite3 を使った。

漢詩規則は何冊かの本を研究してロジックを考えた。3 年前に作成した misimaServlet, misimaserver を土台に,サーバ化するのは簡単であった。Java Servlet + Ajax + Perl Daemon という方式にした。JavaScript が送信した電文を Java Servlet が受け,Perl サーバとソケット接続する。漢詩の分析ロジックは,すべて Perl サーバでこれを実行する。Perl サーバは 3 プロセス分プレフォークして処理依頼を待ち構えていている。ちょっと渡り歩きが多いのだが,Ajax + Java Servlet はページ書き換えが高速で,CGI よりは体感速度は良好のはずである。ただし,本プログラムで使用した Ajax の XMLHttpRequest 関数はクロスサイト・スクリプティング対策実装のため,プロキシを経由する企業 Web 環境からは misimaKansiServlet を利用できないかも知れない。

試行版(まだきちんとデバッグしていない)を『misima 漢詩平仄音韻分析(Servlet版)』にしばらく置いておくので,興味のある方はお試しください。漢詩を作る方のお役に立てればと願っている。まだ出力がベタで汚い。そのうちできるだけ見やすくなるよう工夫したいと思う。

主な仕様は次のとおりである。

  1. 近体詩五言・七言の絶句,律詩を対象とする。
  2. 詩格を自動判定する。拗体には未対応である。
  3. 韻目は平水韻 106 韻に準拠する。
  4. 詩格に応じて,二四不同,二六対,下三連,弧平(五言詩では二段目,七言詩では四段目だけ)の禁則(漢詩としてやってはならないこと)を検査する。
  5. 脚韻の妥当性,冒韻(脚韻字と同じ音韻をもった文字を脚韻以外のところで使用すること。漢詩では禁則のひとつである)を検査する。通韻(詩の途中で脚韻を変えること)にはいまのところ対応していない。
  6. 同字重出を検査する。ただし,虚字,重言 (畳語) など許容される重複も含めて,重出と見なすようになっている。ユーザが自分の眼で妥当性を判断する。
  7. 国字(和製漢字)が含まれていると,デフォルトでは分析を停止する(オプションで無理矢理検査をすることもできる)。

そのうち詩語データベースを作成して,詩作支援も盛り込みたいと思っている。

[ 2014/8/1 付記 ] その後,漢字検索・詩語検索機能もサポートした。また,漢詩音韻チェック仕様も整理した。以下のリンクから実現方式・機能仕様を参照できる。
実行イメージは次のようなものである。(※ 2.5 付記:画像を最新イメージで入換えた)
misimakansi-snapshot.png

参考にした文献は以下である。

本書は漢詩作りの入門書としては決定的な名著とされている。文字通り「誰にでもできる」と謳っている。掲載された詩語を検索しながら作詩する方法が丁寧に書かれている。漢詩とは言わば高級な着替人形のようなもので,形式と使い古された詩語との芳醇な組み合わせ自体に魅力を感じない人,新規なものにこそ魅力を感じる人には,もはや魂に訴えないだろう。ところがこの作法に慣れるにつれて,菅原道真,嵯峨天皇などの日本の古代の漢詩人たちに対して身近な親しみが芽生えて来るから不思議である。

Amazon で古書が入手できるようなのでリンクを付けておく。新品は,版元に直接注文するか,中国書・漢籍関係を取り扱っている特殊な本屋でないと入手できない。私は東方書店 Web サイトから購入した。
 

これは,細かいことがごちゃごちゃ書いてあるけれども,いまいち整理が足りないという欠点がある。「辞典」と銘打っているのに漢詩作詩法に関する用語の索引がないという,著者・版元の本作りに対する考え方,誠実さを疑いたくなるような書籍である。ただでさえ見た目の立派な函入りの高価な本なのだ。それでもここであげた書籍のなかではいちばん詳しく(雑然とではあるが)作詩法を解説しているので,私のプログラムも多く本書の記述に準拠している。

著者は現代詩を憎悪しているようである。リズムも言辞もぶっとんだレベルの低い文学だとみなしているようである。漢詩が最高の文学表現らしい。ほぼ堂上にある詩語の使用しか認めず同時代の差し迫った表現を排除してしまう漢詩の本性を鑑みるにつけ,こんなことを言って殻に閉じ籠るから漢詩人が絶滅寸前になってしまったんだろう,ということが,ある意味でよくわかる書籍である。芭蕉の言う「不易流行」の「不易」ばかりを追い求め,「流行」の命脈を欠いた姿である。私はこういうのを「権威主義」だと思う。ローマはすでに亡んだのに。そのためか,著者・飯田の詩論は「負け犬の遠吠え」のような印象が拭えない。

でも私なんかは,ふむふむ,なかなかいいこと言っていると思わないでもなかった。「負け犬」の言い分も聞くに値することがある,とくに世を支配している趣味が底の浅い時代にあっては。私は本書を読み,夏目漱石,萩原朔太郎,正岡子規の偉大さを改めて思い知った(ここで,漢詩人の名がひとつも上がらないのが,本書そのものの大いなる皮肉である)。明治の文学的地殻変動期には,近代日本における「詩とはなにか」が深く追究されたのである。

それにしても,私の印象として,漢詩好きには「漢詩こそ最高の詩形式」ということを臆面もなく書くバカが多い。「どの言語の詩もそれなりに味があるが漢詩は他の追随を許さない」なんていう文を読んだことがある。この人,ギリシア・ローマ,イタリア,フランス,ロシア,ドイツ,スペイン,英国,インド,ペルシア等々の詩をどこまで鑑賞・研究した上でこんな断言をしているのだろうか。漢詩が好きなのはよくわかるけれども,こうはなりたくない。無知の唯我独尊ほどみっともない姿はない。どんなに芭蕉や定家や杜甫を愛していても,彼らがシェークスピア,ゲーテ,プーシキンより上だとか下だとか言うのは無意味だし,そもそも浅はかである。
 

大修館書店の『漢詩を作る』は目下どこでも手に入る。値段も手頃だし,薄くてすぐ読めてしまうし,著者も漢詩研究について日本の学会の権威的存在でもあり,簡にして要を押さえて,いちばんのお勧めかも知れない。『漢詩入門韻引辞典』とは違って著者のただの趣味でしかない詩論を押し付けないところもよい。なにより事項索引がきちんと付いているのがありがたい。さすが大修館書店である。
 

詩韻含英異同弁 (1963年)
浜 隆一郎,石川 梅次郎編校
松雲堂書店

略して『含英』と呼ばれている。求める韻を含む詩語を検索するための本である。江戸時代に書かれた書物で,しかも現代においても韻書の決定版とされている。これの引き方を覚えるのがまずひと苦労である。本書も新品は Amazon などでは入手できない。中古で出ているが,私は探しまわってやっと Yahoo! ブックスで新品を手に入れた(See: 詩韻含英異同弁 - 石川梅次郎/編校 浜久雄/編校 - Yahoo!ブックス)。
 

『字源』は,まだ新聞に漢詩投稿欄(現在の俳句・短歌投稿欄のように)があったころから,漢詩人御用達の定評ある漢字字典である。そういう点でここにもリンクを設置しておく。私自身といえば,misimaKansiServlet では平仄の確認において,原則,学研『漢字源 第四版』に準拠した。『字源』は適宜参照した程度である。

これ,大正 12 年初版というのだから驚く。本字典は収録漢語の多いのがなによりの美点である。私は普段は大修館書店『漢和辞典』か学研『漢字源 第四版』を愛用している。後者は Unicode コードポイントが検索できめっぽう便利なのだ。漢語・字訓を調べるときごくごくたまに『字源』を引く。

『字源』は,大正期以降の漢詩人御用達の権威的辞書であるだけに,漢詩作成サイトの多くが「漢詩作成になくてはならぬ辞書である」かのごとく必要以上に本書を持ち上げている。でも,そんなのはウソに決まっている。『言海』など戦前に纏められた権威ある辞典は旧字・旧仮名遣いにこだわる人たちから大いに賞讃されているのだが,検索しづらいばかりか歴史的仮名遣いに誤りも散見される。『字源』には「水」の字音を「すゐ」とするなどの誤りがある(正しくは「すい」— 「すゐ」は一般に流布していた誤りで,最近の辞典では「すい」に正されているのだ。「歴史的仮名遣い」なんてそんなものである)。

また『字源』は,説明はすべて歴史的仮名遣い,漢音も字音仮名遣いのみの表示であり,初版増補の昔の活字組版がそのまま用いられていて,画数の多い漢字について活字が潰れて判読できないところすらある。エセ文化人の慕うくだらない「権威」よりも「学問性」と「有用性」に留意するならば,現代の新しい辞書のほうがよいと私は確信している。

私はかつて古書で 4,000 円くらいで本書を手に入れたが,いまやプレミアが付いて 10,000 円以上の価格が付いているようである。経年変色した絵画に美を覚えるようなバカ文化人(歴史的仮名遣いへの回帰を叫ぶような奴ら)でない限り,普通の現代人にとって『字源』よりももっと検索しやすく内容も確かな漢字辞典はいくらでもある。
 

※ 2011.2.18 付記
その後,詩語検索機能を追加した。記事『DWR with Java: misima 漢詩詩語検索』を参照ください。
 

※ 2011.12.23 付記
アタックがあまりに多いので限定公開としました。悪しからず。漢詩を作る人で,使いたいと思われる方は私にメールしてください。