伊東寛『サイバー戦争論』

伊東寛『サイバー戦争論 — ナショナルセキュリティの現在』(2016 年,原書房刊)を読む。あまりに面白くて,会社から帰宅した後から読み始めて,あっという間に読了してしまった。著者は陸上自衛隊システム防護隊の初代隊長を務めた,日本のサイバー防衛の第一人者である。

サイバー戦争について,「戦争」とは何かという基本,サイバー戦の機能・特徴,サイバー戦の事例,兵器と戦士について解説するのみならず,法的問題についても問題提起している。わずかのリソースでターゲットとなる社会インフラ等への攻撃が可能であり,先進国であるほど攻撃に対して脆弱であり,これまでの軍事力・経済力に依存した戦争とは攻撃主体の性格や国際法に照らした概念がまったく異なる — そういう特性をサイバー戦争は持つ。

そして著者は論証を経た結論として断言する。

 勝てないが負けない戦いというものがある。普通,戦争では攻撃側にも必ず何かしらの損害が発生する。防御側の手強い抵抗にあって戦争が長引くとやがてその損害の累積が攻撃側にとって引き合わないレベルとなり,攻撃を続けられなくなる。こうして防衛が成功する。
 しかし,ネットワークやコンピューターを利用して攻撃してくるサイバーの戦いにおいては違う。どんなに守っていても必ず何処かに防御上の弱点があり,そのために何かしらの損害を受ける。一方,攻撃側はサイバー攻撃に失敗したとしても,なんら痛みを感じない。やがて蓄積した損害に堪え兼ねた防御側は敗北する。サイバーの戦いにおいては,専守防衛は勝てないのではなく必ず負けるということなのだ。
 […]
 繰り返すが,サイバー戦争はすでに始まっている。そしてこの戦争では守っているだけでは必ず負けてしまう。サイバー攻撃に対する攻防両面からの国家的防衛戦略の構築が早急に必要である。
伊東寛『サイバー戦争論 — ナショナルセキュリティの現在』原書房,2016 年,223-5頁。

専守防衛というわが国の建前はサイバー戦争では通用しないということなのである。しかも,不正アクセス防止法などの法に従う限り,攻撃されても反撃すること自体が犯罪となってしまう。日本はサイバー戦争に対する法的整備が不十分なのである。

2014 年の米国司法省による中国政府職員訴追事件や,同年の米ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントのサイバー攻撃事件,ウクライナ紛争におけるロシア,ウクライナのサイバーグループによる戦いなど,記憶に新しい直近の話題に触れており,現在進行形の問題を扱っている生々しい書籍である。

自滅する韓国

もう二週間も前のことだけど,菅官房長官は,1 月 6 日の記者会見で,釜山日本総領事館前にいわゆる「少女像」(慰安婦像)が設置されたことを受け,2015 年 12 末の「最終的かつ不可逆的解決」を約束した慰安婦問題日韓合意に逆行するとして,遺憾を表明するとともに,四項目からなる対抗措置を発表した。

俺は朝日新聞 1 月 1 日付朝刊で「釜山少女像 新たな火種」の記事を読んでいた。「死に体」政権が事態の収拾になんの行動も起こせないなか,日韓合意を守らないばかりか新たな火種を放置する韓国政府に対し,外務省や首相側近が強い怒りを露わにしているとの内容に,正直,ちょっと意外な驚きを覚えた。記事にはこんな件があった。

ただソウルの少女像移転のメドが立たないいま,日韓合意に基づき 10 億円支払うなどしてきた日本政府の対応には,足元からも「まるで『振り込め詐欺』だ」(首相側近)との不満もくすぶる。こうした批判に押され,韓国側の求めで合意した「通貨スワップ協定」の再締結協議が停滞する可能性もある。
朝日新聞朝刊,2017.1.1付,3面。

釜山に新たな慰安婦像(少女像というのは欺瞞にみちたフィクション)が立ったからといって日本政府が「通貨スワップ協定」という経済案件にまで踏み込んで制裁を行うなんて,俺にはとうてい予測できなかった。ところが,菅官房長官の明言した四項目の措置のなかに,「日韓通貨スワップ協議の中断」がしっかりと組み込まれていて本当に驚いた。まさか,いつも韓国からはしごを外されているのに韓国に甘いわが国の政府が,たかだか慰安婦像一体のことで,駐韓大使の一時帰国のみならず経済事案までも俎上に乗せるとは,と思った。朝日新聞の見立ては正しかったわけである。

確かに,政府間の合意は国と国との約束であり,履行するべきである。でも,韓国政府はソウル日本大使館前の慰安婦像撤去に「努力する」とは言ったものの撤去を確約したわけではないので,合意違反かというと少し疑問が残るところである。ちょっと大人気なくはないか,と俺は思った。実際,いまのタイミングで日韓関係を悪化させることを問題視する識者もいる。ま,2015 年末の日韓合意には米国の圧力に日韓双方が屈したというウラがあるにせよ,安倍首相は国内の支持層からの大反対を想定しつつ大いなる政治決断としてゴリ押しで日韓合意に踏み切った,と想像され,それだけに,安倍首相は釜山慰安婦像新設事案に対して烈火のごとく怒りまくったのかも知れない。だからこそ,灸を据えるレベル以上の措置を決めたのだと思われる。この四項目の措置は,釜山慰安婦像が撤去されない限り撤回されないと思われる。それくらい肚を括った感がある。なにせ「不可逆的」約束を逆行させやがったのだ。

俺的には,韓国は中国と結託してわが国を侮辱する「敵国」なので,今回の日本政府の措置を批判するつもりは毛頭ない。日韓スワップ締結がなされないと,先の米国の利上げにさらに追い打ちを掛けてウォン安が進み,ウォンとの相対的関係において円が高くなり(トランプマジックで思いのほか対ドル円安・株高が進んだわけだが),むしろ韓国との国際競争において日本に不利に働くのではないかと思われる。けれども,この際,韓国の外貨不足のリスクヘッジであるドルスワップ支援を拒否することで,徹底的に韓国金融・経済を追い込んで,かつてのアジア通貨危機のような事態になれば,外国資本が韓国から逃げ出し,韓国企業がバタバタと倒産し,21 世紀になってからウォン安と日本技術のパクリで韓国に荒らされた日本の国際競争力を再び取り戻せるかも知れない。韓国は産業構造まで日本の猿真似をして来たために,完全な経済ライバルなのである。敵の息の根を止めろ。そう,こうなったら徹底的に韓国を締める — 日本政府のちょっと大人げないようにも思われる振舞いはそこまで見越しているのかも知れない。

朴大統領職権停止で韓国政府がマヒ状態のときにやるって姑息ではないか? また日本は韓国が苦しいときに後頭部を殴るようなことをやる。韓国の人々にはそういう思いが強いようである(「日本が韓国の後頭部を殴る」というのは韓国人の好む対日被害妄想表現である)。確かに姑息かも知れない。でも,朴大統領の次の韓国は左翼政権になり,いよいよ中国寄り・北朝鮮寄りになり,いよいよ米国・日本の足を引っ張る行動に出ることは誰の眼にも明らかであり,日本政府には「いまのうちに一枚カードを切っておく」という計算が働いたに違いないと思われる。左翼政権になると韓国経済・外交はさらに混乱すると思われる。韓国にも国情を冷静に判断できる人たちはおり,日本の冷たい対応で彼らが危機感から声を大にするかも知れない。

それにしてもだな。韓国政府がマヒ状態なのは韓国国民自身が招いた結果ではないか。これまで,韓国大統領は当たり前のように汚職をやって来て,大統領の座を降りて政権が変わる度に新政権によって糾弾され不幸に陥れられて来た。それから比べればいったいどれだけ朴槿恵が酷いことをしたのか,言われているような犯罪がきちんと立件出来るのか,任期終了前に大統領弾劾を受けるほどだったのか,俺からみるとまったく理解できない。一族郎党の巨額の利権漁りをやったわけでもなく,チェ・スンシルおばさんにちょっと口利きをやってやった程度ではないか。どう見ても,チェ・スンシルおばさんの娘が朴槿恵のコネで超有名大学に不正入学した — おそらく韓国一般人の「朴槿恵辞めろ」の怒りはほぼこの一点にしかなく,韓国国民は,国家機密漏洩のような生活から遠い難しい問題などまったくわからずに,ロウソクデモをやっていたのだ。だからこそ,小学生,中学生のような受験地獄に苦しみズルをやっかむ子どもまでデモに動員することが出来たのである。そしてチェ・スンシルの年端も行かない娘を逮捕・拘束までして徹底的に叩きまくる。

それが英国の名誉革命に匹敵する民主主義だって? 韓国マスコミはどこまでバカなんだ。経済はダメダメ,北朝鮮は相も変わらず核を振りかざし,米中バランス外交の完全破綻で外交的孤立に追い込まれるという国家の危機的状況に,自ら大統領をクビにし国家を機能不全に追い込んだのは韓国国民自身である。これまで前政権を全否定して来た古代以来の「偉大な」歴史を有する韓国は,いま再びこのようにして自滅するというわけか。

それにしてもだな。韓国政府というのは,ホント,愚かである。釜山総領事館に新たに慰安婦像が設置されるのを黙認したため日本政府が強硬姿勢に出た。日本政府はここまで出たからには韓国政府の「形に現れる努力」がなければ措置を撤回しないだろう。チキンレースに韓国政府が負け,釜山慰安婦像撤去でシャンシャンを図ろうとするとする。否,チキンレースでもない。日本は今回の措置の発動によって何の痛痒も感じないからだ。しかし,そうなると釜山で出来るのにソウルの日本大使館の像についてなぜ出来ないのかという議論になる。だって,そもそも,公館前の慰安婦像はウィーン条約違反やないけ,ってなもんや(なんでいまごろウィーン条約がどうのこうのうるさく言われるんだ? それなら日本政府はもっと前から国際司法に訴えるべきだったのではないか?)。もひとつ,そもそも,韓国政府は中国・北朝鮮に矛先を向けた民間団体による脱北者少女像設置についてはきっちり政府の指導で設置を阻止してるやないけ(日本に対してはよくて中国にはダメという事大主義的ダブルスタンダード)。こうして追加の慰安婦像を黙認したおかげで,「撤去努力」の約束が「撤去実行」に飛躍し,ソウルの日本大使館前の慰安婦像(本丸)も撤去させられるハメになる。仏像を一体盗んだがために,今後日本にある韓国由来の文化財の日韓交渉による返還にストップがかかるはずである。これも,余計な愚行をやらかすことで先々大いなる損害を被ることになる例になるだろう。感情に振り回されルールを蔑ろにするとこうなるのである。頭悪い。

慰安婦問題日韓合意が電撃的になされたとき — そのころの日本はキンコメの女子高生下着ドロボーの話題一色だったんだが —,俺はいずれ十年もすれば韓国がこれまで通りゴールポストを動かして問題を蒸し返すと確信していたが(そのことはここにも書いた),それがこうも早く訪れるとは思わなかった。んー,それにしてもだな。敵国がへたれるのを見るのは陰険な俺としては一興ではあるが,THAAD 問題で韓国が中国(これまで蜜月関係にあった自己中心的国家)からも隠然と制裁を受けているいま,日本が弱い者苛めに加担しているようにも思われ,後味はあんまりよくはなさそうである。

UNKNOWN

アメリカ映画『UNKNOWN』を観た。2011 年,ジャウム・コレット=セラ監督作品。リーアム・ニーソン,ダイアン・クルーガー,ジャニュアリー・ジョーンズ,ブルーノ・ガンツ他の主演。

バイオテクノロジー国際学会出席のため妻とともにドイツ,ベルリンを訪れたマーティン・ハリス博士(リーアム・ニーソン)は,自動車事故で四日間生死を彷徨い,昏睡から目覚めると,記憶を失っていた。パスポート,身分証明書を失い,自分が誰かすら証明できない事態になっていた。自分の所持品を確かめるうち,少しずつ記憶が蘇って来る。妻ベス(ジャニュアリー・ジョーンズ)とベルリンのホテルで学会に出席する予定だったこと。予約したホテルに駆けつけると,果たして愛する妻を認めた。ところが,ベスは自分を知らない男だと言う。しかも見知らぬ男が自分の名を名乗り,妻と学会のパーティーを楽しんでいる。頭のおかしい不審者としてマーティンはホテルを追い出されてしまう。

正気なのは自分か,周囲の人間か。このような自己の記憶と現実との乖離,アイデンティティーの混乱から物語が始まる。自己を取り戻そうとするマーティンは東欧からの不法滞在移民ジーナ(ダイアン・クルーガー),元東独秘密警察シュタージのスパイ・ユルゲン(ブルーノ・ガンツ)と知り合い,彼らに自分がマーティン・ハリスであることを証明するために協力を仰ぐ過程で,謎の男たちから命を狙われる。

数々の事件の果てに,主人公のすべての記憶と事件の真相が明らかになるわけだが,その驚きの結末は映画そのものを観ていただきたいと思う。この映画はスパイアクション・ジャンルというべきものだと思われるが,スパイ・工作員が他者に成り切るところから来る皮肉なアイデンティティーをモチーフとした傑作だと思う。

リーアム・ニーソンはタイムリミットアクション映画『96時間』で,娘を誘拐して売春婦として売ろうとするアルバニア・マフィアと壮絶な戦いを繰り広げ娘を救い出す元CIA工作員を演じた。むちゃくちゃカッコいい米国退役軍人中年オヤジのイメージで好きな俳優である。「娘の命を救うためならエッフェル塔だってブチ壊す」という台詞が家族第一主義アメリカンの真骨頂であった。『UNKNOWN』でも多面的な役柄を見事に演じて凄かった。「ウソを言う奴は同じことを繰り返し問いただすうちに必ずボロを出す」というスパイとしての経験に基づいて,人間の真実を見抜くことのできるユルゲンも心憎かった。「ドイツ人は物忘れが激しい。ナチスのことも,共産主義もたった数十年で忘れ去った」— 味のある台詞である。いま現在の豊かなドイツにも,旧東独時代を引きずる人がいること,不法滞在移民が問題となっていること,など,日本人にはあまり想像できないドイツの病理にも触れられており,その点でもハッとさせられる映画であった。

久しぶりに,真相が明らかになるクライマックスの意味深長な人間認識のカタルシスを味わった。

アンノウン [DVD]
ワーナー・ホーム・ビデオ (2012-04-25)

あけましておめでとうございます。


富士

娘と大阪に帰省した。往きの新幹線から見えた富士はきれいだった。年末年始,日本列島太平洋側の地方は例年,好天気に恵まれるものだが,今年もこれに違わず晴やかな日和だった。冬青空という季語は,この時候の澄んで穏やかに晴れた青空の謂いかと思う。大晦日は老父母,娘とすき焼きを喰らい,俺ひとりビールを呑み,紅白を観るともなく観,ゆく年くる年もまた観るともなく観て,新年の言祝ぎならぬ不景気な一句を捻る。

  あきらめをひとつ加へて除夜の鐘

どういう風の吹き回しか,娘がNHK大河ドラマ『真田丸』主人公ゆかりの道明寺に行きたいと言っていたので,実家・松原市のすぐ隣,藤井寺市にある道明寺,そして道明寺天満宮にお詣りすることに。珍しく夜更かしせず元日の朝八時に起きて,娘,父と三人で出かけた。

近鉄南大阪線の道明寺駅。この近辺は昔から土師(はじ)の里と呼ばれ,道明寺天満宮ゆかりの菅原道真も土師氏の出身である。古代の古墳に納められた埴輪を作る人たちだったことから土師と呼ばれたそうである。そして,まさにそのとおり,この地の周辺には,古代の前方後円墳がたくさんある。有数の大規模古墳である誉田御廟山古墳(応神天皇稜)や市野山古墳(允恭天皇陵),仲哀天皇稜,仁賢天皇陵など,古代史が大好きな方には格好の散策地ともいえるんである。


道明寺・土師ノ里周辺 GoogleMaps

道明寺は六世紀建立の古刹。真言宗の尼寺である。太宰府に流される途上の菅原道真が,この寺にいた叔母を訪ねて別れを惜しんだという逸話が伝えられている。明治五年の神仏分離により道明寺天満宮から現在地に移転された。建立当時は五重塔,七堂伽藍を擁する大寺院だったらしいが,今はその面影はない。俺は小学校の遠足以来四十余年ぶりにここを訪れたのだが,思い出す風景は何もなかった。

道明寺といえば,世阿弥能楽の一曲『道明寺』の舞台である。僧・尊性(ツレ)は土師寺(道明寺)の木槵樹(もくかんじゅ)の実で作った数珠で念仏を唱えることで往生する夢を見る。能『道明寺』のその件に出て来る木槵樹が本堂の左手に植えられてあった。

道明寺では,娘のお目当ての真田丸の史跡らしきものには行き当たらず,道明寺駅舎横にあった大坂夏の陣・道明寺合戦記念碑を眺めた程度だった。縁起物売り場のおばはんに真田丸ゆかりの場所を聞いたら,「そんなんあんの? その辺歩いとったらあるんとちゃうか〜」と言われ,娘は呆れ返っていた。それがカンサイや。


道明寺・本堂

道明寺天満宮はその名のとおり菅原道真をお祀りする。天神様のお使いである神牛の像がたくさんある。道真公が道明寺に立ち寄る際に,白牛が藤原時平の遣わせた暗殺者から道真公を守ったとの伝説があり,道明寺では白牛が信仰されているという。ちょっと古代エスピオナージュが想像されて,興味深かった。


道明寺天満宮・拝殿

大阪ミナミ・道頓堀

道明寺天満宮で柏手を打ったあと,老齢の父を帰宅させ,俺と娘はミナミに遊びに行くことにした。近鉄で阿倍野橋まで出て,地下鉄・御堂筋線に乗りなんば駅で降りて,御堂筋を歩いた。戎橋から有名なグリコの看板を見た。道頓堀では,道頓堀川に沿った目抜き通りの飲食店が元日から大行列。並ぶのも面倒なので,比較的列の短いたこ焼き屋でたこ焼きを買い,路上のテーブルで腹ごしらえをした。ごくごく普通のたこ焼き。

「お父さんが小学生くらいのころは,四個入り十円でたこ焼きが食えた。お好み焼きなんて,戦争で旦那さんを亡くしたやもめのおばさんがやっている近所の店で,一枚二百円くらいで食えた。きつねうどんは七十円。粉もんで八百円,千円取るなんて,アホかと思う」。大阪に来るとガキのころの思い出を娘にしてしまうものである。「でもそのころはアコギな商売をするたこ焼き屋が多くて,三十個焼けるたこ焼き鉄板に二十くらいのたこの切り身をばらまいて作る店があって,たこが入っていないものにもかなりの確率で出くわすんだな。たこ入っとらんのに何がたこ焼きや,みたいなところがあったな。いまそんなアコギをやろうもんならすぐ客が逃げてしまうだろうね」。

俺は松尾芭蕉が客死した地を見たい気もしたが娘が嫌がるかと思い,そのあと,心斎橋駅から天王寺に戻ることに。まだ昼の一時である。天王寺の歩道橋から通天閣を遠望し,新世界に行こうと思いつく。降りたばかりの地下鉄をまた乗り継いで行く元気も失せ,会社の経費でしか乗らねえぞと普段は思うのだが,この際タクシーを拾う。運ちゃんは通天閣の麓まで連れて行ってくれた。


通天閣

新世界というと,俺なんかは大阪でもガラの最悪の部類に属する歓楽街の印象があった。中学二年のとき,友人と二人で電気の街・日本橋に行ったついでに,新世界に寄り道したところ,不良高校生とおぼしき三人組に囲まれて「おまえらどこの学校や?」と訊かれ金をせびられ,友人と二人して天王寺まで逃げて事無きを得たことがある。逃げるは恥ならず。そのころの新世界は人相の悪い労務者風,ヤクザ風ばかりが徘徊するところで,若い女性などほとんど眼につかなかったと記憶する。

それがいまや大阪を代表する観光スポットである。俺の記憶にある昔の面影はほとんど失われた。坂田三吉ゆかりの土地柄であり,賭け将棋の店がかつてはたくさんあったのだけれども,いまはそれらはどうなったのか,俺の眼につくところには認められなかった。可愛らしい女の子のグループ,若い恋人たちが平和に歩いている。自撮棒をもった,中国語のうるさい観光客で満ち溢れている。若い女性をターゲットにしたクレープなんかも売られている。

韓国人もいっぱいいるみたいね,と娘が言う。「へぇ,なんでわかんの? お父さんは話している言葉を聞かないとわからんね」—「韓国の男の子はみんなマッシュルームカットしてるから」—「そして女は整形して,どいつもこいつも皆同じ顔ってわけか」。でもって,皆が皆,一様に,ひとえに大学不正入学への怨ゆえに(朴槿恵大統領の壟断がどうのこうの言っているが,朴槿恵の汚職はこれまでの大統領と比べていかがなものか。こう考えると,一般人の怒りは,国家機密漏洩などという難しいことに対してではなく,厳しい受験戦争の環境下でズルをした奴へのやっかみである。だからこそ小中高生のような政治に無関心な大衆があれほどまでに集結するのである。このデモは韓国伝統の「怨」の発露であって,民主主義とは何の関係もない),ロウソクをもって大統領辞めろのデモをなす。日本人も等質だと評されてはいるにせよ,韓国人の画一的国民性に寒気を覚えるのは俺だけではないだろう。

新世界東映・日劇なる映画館があった。『仁義なき戦い』,『次郎長三国志』,その他,ゲイポルノ,ノーマルなピンク映画が掛かっていた。ゲイポルノのポスターを見てちょっと観たいなあと娘。「本日オールナイト興行!」。おそらく常連が正月から夜を徹してピンク映画を堪能しに来るのであろう。これこれ,これこそかつての新世界の残滓,絶滅して往く最後の精華である。


新世界東映・日劇

この映画館の風情で,いかがわしく荒んではいるが活気に満ちた昔の新世界の雰囲気を遺すものをちょっと見歩きたくなった。閉まってはいたが,大衆演劇のハコがあった。チャン・グンソクなど一昔前の写真ばかりを掲げた韓流グッズショップは,微妙に流行を外しているところが大阪らしいと俺には思われた。大阪は在日朝鮮人も多くディープな韓流ファンがいる。


大衆演劇・朝日劇場,韓流ショップ

串カツ屋・てっちり河豚料理屋が犇めくなかに,「喫茶スター」なる超古風な喫茶店を見つけた。ホットケーキが食いたくなり入ることに。外から見ても,内を見ても,いったい何年営業して来たのかと思うような古びた店舗だった。ジャンパー,キャップを着けた初老のオヤジ,髪をひっつめてぷっくり肥えた,やはりジャンパー姿のおばはん,犬を侍らせたちょっと雰囲気のある爺,などなど,明らかに外を歩く遊行客とはひと味もふた味も違う客ばかりだった。犬を連れ込んで叩き出されない客とはどんな人物かを考えると,ヤクザ上がりの常連客かと俺は想像した。こんな古風な店は客も古風であった。俺の知るあの新世界の住人であった。


大型串カツ店舗,喫茶スター

娘が注文したミックスジュースを少し飲んでみた。むちゃくちゃ懐かしい味がした。この店の定番のようであった。「じゅうすぅ,ひとぉつ」と店のおばちゃんが店主に伝えていた。「そうそう,こんなジュースだった。うまいね」。

また娘に昔話をしてしまう。「信じられないかも知れないけれど,お父さんが中学生くらいのころ,中高生は親や学校から喫茶店に入るのを厳禁されていたんだよ」。かつてはどこの国でもそうだったが,パブや喫茶店という場所は,非合法活動をする輩の連絡・集合場所であったことが多い。「喫茶店とは,コーヒーを飲むところというよりも,客に女の子を斡旋する売春のポン引きヤクザ者が出入りしているのが普通の,悪の巣窟だったんだよな」。暴走族や学生運動の活動家がたむろする場所でもあった。だからほぼ十八禁扱いとなり,喫茶店に行くなという学校の生徒指導がうるさかったわけだ。もちろん,そういういかがわしい行為を排除する努力をなす店 — そういうのは純喫茶などと称していた気がする — もあったのだけれども。ちなみに,東京の吉原にはソープ嬢の写真を見せて店舗案内をやっている喫茶店がいまもある。

地下鉄・恵美須町駅から帰ろうと商店街を歩いていると,占いのおばはんが声を掛けて来た。なんと耳飾りにペ・ヨンジュンの写真をぶら下げている。俺は無視するが,娘が受け答えして捕まる。女はこういうのにすぐ関心を惹かれて困る。娘が占ってもらっている間,俺は商店街,横町をぶらぶら。エロビデオボックスの扉に「ひやかしことわる」との貼紙のストレートな手書きの文言を見て大笑い。いったい誰がエロビデオボックスに冷やかしなんかで入るかいな。ゲームセンターの前にズラリと並んだガチャポンに,「激エロ」と書かれた真っ黒で中の見えないものがあり,ちょっと興味を惹かれる。昔,米国のお土産などに,傾けると服の絵が移動してバニーガールが全裸になるお色気ライターがあった。そんなのが出て来るのなら,千円くらい試してもいいかと思ったが,すぐに,どうせブルセラ・パンツか何かだろうと想像がつき,止め。


新世界の占師,ペ・マチさん

娘の占いが終わった。「なんか,ペ・ヨンジュン命みたいなおばさんだったけど,面白かったよ。一昨日,釣瓶のテレビバラエティ番組に出たって自慢してた。アタシの風水を表でみると,『今年は停滞期』って書いてあったんだけど,『ということは,現状維持ってことやね』だって。ものは言いようだって感心しちゃった。お父さんのこと愛人かって訊かれたから,パパです,ん? いや,父上ですって言わなくちゃならなかった。そしたら,『アンタはいい福耳してるから,会社の社長と一緒になって金持ちになるなあ』って言われた」。

占いとは,かくして,コミュニケーションの時間ということだ。辻占いも昔から新世界の風景にあったもののひとつである。

それにしても,ケバい娘を連れ歩くと俺は愛人だと勘違いされるようである。かつて,高校の制服を着た娘をカラオケなどに連れ歩いたときは,援交スケベオヤジと間違えられては困ると勝手に思い込んで,他人とエレベータで待つときなど,ことさらに母親の話題を持ち出して,親子であることを強調しないではおれなかったものである。

12 月 15 日と 16 日,ロシアのプーチン大統領が来日した。北方領土での共同経済活動に関する共同声明を出すことで安倍首相とプーチン大統領が合意した。これが成果である。領土が動くかどうかに関心があるなか,この日露首脳会談は日本にとって「失敗」だったとみる人たちがあまりに多い。

民進党の蓮舫代表は「領土問題でも進展あるいは道筋が見えるものだと思っていたものが,結果として大規模なわが国の経済援助で終わったような印象がある」と批判している。自民党元閣僚経験者からも「経済協力の食い逃げと言われても仕方がない」という声も出ている。

これまでの日ソ・日露交渉に関心をもってみて来た俺からすると,蓮舫やら自民党の某やらは,なんと浅はかな,愚かな連中かと嘆かわしく思う。

そもそも外交交渉によって領土が返って来るということは,ほとんど絵空事に近い困難な仕業である。おまけに,日本とロシアとは 19 世紀以来,伝統的に敵対する隣国なのである。おまけに,日露関係について無知,外交において無能だった川口順子外務大臣(橋本・小渕・森政権における日露交渉で四島一括返還を取り下げていたのにもかかわらず,「四島一括返還を目指す」などと宣言し,ゴールポストを冷戦時代に逆行させた愚か者)を擁した小泉純一郎政権と,ロシアを泥棒呼ばわりして国内反露世論を煽るしか能のなかった不作為・菅直人政権とが,ソ連崩壊により軟化して友好的になったロシアを硬化させ,それまでの北方領土交渉の流れをブチ壊し,日露の信頼関係を決定的に毀損してしまっていたのである。

さて,そういう情勢が続いていたなかでの,今回の安倍・プーチン会談。共同経済活動を北方領土で実現する。そして,元島民が査証なしで北方領土に渡航できる「自由往来」の拡充も別の共同宣言に盛り込む。北方領土を実行支配しているロシアからすれば,かなり踏み込んで日本に譲歩していると思う。しかも,ロシアが自国の正統な領土であると主張する領域において「主権に関する両国の立場を害さない」という文言を声明に入れることに合意した,というのは,目に見えるところで現状から失うことの多いのは,むしろロシア側である。

蓮舫の「日本の大規模な経済援助で終わった印象だ」という,「日本が援助してやっただけ」論,「ロシア食い逃げ論」を振りかざして政権批判をする態度は,日露交渉に対する右バネ・反ソ/反露勢力の伝統的身ぶりである(「食い逃げ」発言の自民党元閣僚はおそらくこのクチ。多分,安倍長期政権のおかげで自分が総理になれないやっかみがあるんだろう)。「援助」ってタダでやる,ということである。共同経済活動とはビジネスであって,儲かると思う企業人が頑張る世界を北方領土という係争地で認めるということである。そこで「援助しただけ」「食い逃げ」って具体的にどういうこと?「食い逃げ」の内容(タダで持って行かれたのが何なのか)をまったく説明していない。つまりは言いがかり。

それゆえにこの交渉を「失敗」と切り捨てる人は,ただの「食い逃げ論」の受け売りでしか外交を評価できない愚か者か,外交というものには「相手がある」ということのわからない自己中心的な考えしかない人か,またはただ単にロシアが嫌いな人か,そのいずれかだと俺は思う。うん,あと,坊主憎けりゃ袈裟まで憎い式に,徹頭徹尾,安倍自民党政権を嫌う人も当然このなかにいる。そもそも領土が戻って来るということを安易に考え過ぎていないか。

なぜ蓮舫(または自民党某)にはそれが理解できないのか。蓮舫以下の民進党の人たちが,領土問題だけがロシアとの主たる外交事案としかみておらず,北方領土をロシアとの単なる駆け引きの材料としてしかみておらず,さらに,旧島民がいること,北方領土にはすでにロシア人が暮らしていること,北方領土そのものにも豊かな経済水域等の価値があること,等々をほとんど熟慮していないからである。蓮舫は,旧民主党政権が国内に向かってロシアは泥棒だというばかりで,肝心のロシアとは「話もできない」,情けない政権だったことをお忘れか。それから比べると,安倍さんは,菅直人が潰した関係を復旧しただけでなく,大きく日露関係を動かした。そう評価できる。

プーチンは,平和条約が締結されたら日ソ共同宣言に従って歯舞島・色丹島を引き渡すと明言している。ロシアはウクライナやシリアの事案のために米国・西欧諸国から蛇蝎のごとく忌み嫌われている国であるが,ゴールポストを常に動かす韓国のような小国とは異なり,外交の「約束」は守る国である(ヤルタ会談に従って日ソ不可侵条約を一方的に破棄しやがった前例があるけれども)。平和条約締結のためには,国民レベルでの一定の信頼関係を醸成することが必要で,小泉純一郎政権と菅直人旧民主党政権がこれを決定的に壊してしまったからには,それにはまだ相当の時間がかかるのは当然である。それにしても,安倍さん肚が座っている。いま今日現在,プーチンと笑顔で会談しているだけで,米国・西欧諸国からは蛇蝎のごとくに眺められているはずである。でもなあ。シリアの泥沼の内戦は,「自由主義」的欧米が「アラブの春」を囃し立て,反政府組織に肩入れしたのがその発端ではないのか?

日米開戦 75 周年

今日 12 月 8 日は大東亜戦争開戦,真珠湾攻撃からちょうど 75 年にあたる。8 日未明に作戦が実行されたので,どちらかというと 7 日の夜といったほうがよく,米国時間では "Remember Pearl Harbor" のカイロスは 12 月 7 日である。

安倍首相は今月 26, 27 日にハワイを訪れ,オバマ大統領と首脳会談をするとともに,真珠湾を慰霊訪問する。聞くところによれば,意外なことに,真珠湾を公式に訪問するのは歴代首相で初めてのことだそうである。真珠湾攻撃は卑劣な奇襲として激しい怒りを引き起こし,本来的に孤立主義であった米国人を戦争に駆り立てた契機になったわけで,米国人にはいまだに癒しがたい怨讐となっている。

よって,生半可な状況では日本の首相に来られても米国人にとって迷惑な感情を引き起こす可能性がなくはない。しかし,現在,米国と日本とは同盟国であり,最大の友好国同士となったのであるから,そして,今年 5 月にオバマ大統領が広島を訪れるという画期的出来事がなされたからには,日本の首相が慰霊に訪れるのはけじめとしてたいへんに意味があることだと思われる。

それにしてもつくづく思う。75 年前,日本という国が米国を相手にガチで戦争をおっぱじめたということ。無謀とか身の程知らずとか,いまにして考えればいくらでも言えるわけだが,それにしても,恐ろしい決断をしたものだと思う。座して死を待つよりは闘って死すという気合いはわからないでもない。それでもやはり,敗戦という結果はいまだに日本の国際的立場を決定付ける意味をもっているわけで,別の解があったはずだと考えるべきだろう。

俺の関心は,あの戦争が侵略戦争だったのかどうかや戦争犯罪がどうのこうのなどには,露ほどもない。そんなのは敗戦国という地位に付随する話でしかないからである。もっと実際問題として考えないといけないと思う。つまり,ABCD包囲網やらハルノート要求やら,日本が帝国主義列強による極めて過酷な抑圧に晒されていた状況において,どうすれば米国という超大国との戦争を避けたうえで日本の立場を守り得たのかということを,きちんと反省することに尽きる。そして二度と同じことが起こらないようにすることであろう。

PC 今は昔

屋根裏部屋の書斎を整理していたら,もうそろそろ廃棄すべきパソコンの骨董品が出て来た。俺のかつての文房清玩の品々。

Microsoft Windows 3.1 と Microsoft Macro Assembler Ver. 6.1


Microsoft Windows 3.1, Microsoft Macro Assembler Ver. 6.1

まだフロッピーディスクでソフトウェアが配布されていたころの製品。俺は 1991 年,IBM PC-DOS V 5.0 からコンシューマ向けパソコン OS を使うようになったが,Windows 3.1 になってようやく TrueType フォントがサポートされ,ビジネス文書作成でも使えるようになった感があった。会社が個人用 PC を配布するようになったのも Windows 3.1 からであった。それまでは部に数台のワープロ専用機,プレゼン資料作成用の共用 Mac がある程度だった。

Microsoft Macro Assembler は通称 MASM と称した。俺にとっては,Intel 80486/80586 プロセッサ・マシン語のお勉強のためのものだった。四冊からなる英文の立派な冊子体マニュアルが付属しており,勉強の役には立った(のちにオークションで売り払ってしまったのだが)。

コンパイラはこの他,Microsoft C/C++ Ver. 7 を愛用していたのだけれども,当時は値引き価格で 7 万円もした。俺にはコンパイラの組み込まれていない計算機という概念がないので,懐具合に悲鳴をあげながらも C/C++,MASM を買い入れたのだった。それがいまや開発ツールは原則タダなわけで,時代の波というものはわからない。

もうフロッピードライブがないので読めるかどうかも不明である。プラスチックと磁性体のたんなるゴミと化してしまった。ソフトウェアとはそういうものなのだ。

Microsoft Windows 95


Microsoft Windows 95

爆発的にパソコンを普及させた立役者。TCP/IP をコンシューマ向けにサポートしたことで,インターネットをも身近なものにした。Windows 知らぬ者から窓際族(ウィンドウズ)。というか,Windows 95 の登場で,パソコンをはじめる人が増殖され,むしろ,— Windows 猫も杓子も95,てなもんや。

Microsoft 社はこの OS の凄いところとして「プリエンプティブなマルチタスク」がどうのこうのとごたくを並べていた。しかし,Windows 95 は,なによりも,その発売日にパソコンオタクが徹夜で秋葉原の電気店に列をなしお祭り騒ぎをして,ニュース報道がなされたくらいのフィーバーぶりで記憶される。もう二十年以上になるわけである。バブルが崩壊して間もない,阪神淡路大震災,オウムのサリン事件など強烈な事柄が立て続けに起きたころでもあった。

Microsoft Windows 2000


Microsoft Windows 95

ビジネス用業務アプリケーションクライアントプログラムをきちんと動かせるはじめてのコンシューマ向け Windows OS ではなかったかと記憶する。ん,それは Windows NT からか? しかし,NT はビジネスユースで高価であった。Windows 2000 の登場で,Microsoft がやっとまともなマルチタスク OS を提供してくれたという印象があった。Microsoft OS では FreeBSD とのマルチブート環境で俺自身がいちばん長く愛用した製品である。

BSDI BSD/386 Ver. 1.1


BSD/386 Ver. 1.1

米国カリフォルニア大学バークレー校が開発した BSD UNIX(4.4BSD)を IBM PC-AT 向けに移植した正統的 UNIX 製品であった。1994 年にこれを購入したとき,なんと 17 万円もしたんである。いまなら Linux も FreeBSD も進化し,大枚をはたいて個人ユースの OS を購入するなんてばかばかしくなってしまった。

ともあれ,当時はあこがれの BSD UNIX を手に入れたとたいへんに感激したものである。X Window System X11R6 が自宅のパソコンで立ち上がったときはひたすら感動した。これで UNIX とシステムプログラミングを勉強した。BSD/386 は蜥蜴のロゴがなかなか渋くて,その壁紙を愛用していた。

BSD/386 は ISA バスマシンでしか動作せず,比較的製品生命の長かった Intel i486DX2 マシンでかなりの間愛用したわけではあるが,世の中が PCI バス主流になるに及んで,俺はこの高価な OS を捨て無償の BSD クローン・FreeBSD に乗り換えた。BSD/386 の開発元の BSDI 社はその後,UNIX ソースコードの著作権問題が勃発した煽りで消えて行った。

Comprehensive TeX Archive Network, Jan. 1997


CTAN 1997 CD

文書整形システム LaTeX の統合アーカイブ CTAN の 1997 年 1 月時点の集成 CD。秋葉原の UNIX ショップで手に入れた。昔は米国のフリーソフト CD が欲しくて,よく秋葉原をうろついたものである。その後,秋葉原はアニメフィギュアやらエロゲーやらメイド喫茶やら,オタクの聖地と化してしまい,とんと行かなくなってしまった。

病院のベッドでの無聊のすさびごとに,The LaTeX Companion(LaTeX パッケージに関するバイブル的書物)を読みながら,この CD からパッケージを導入して,多言語組版を研究したのが懐かしい。

及川奈央さん結婚のニュース

元AV女優の女優(もってまわったような表現で申し訳ないが)である及川奈央さんが一般の会社員男性と結婚した,との記事をYahoo!ニュースでみた。「笑顔の溢れる家庭を築いてゆきたい」とブログで記しているとのことであった。

AV女優とは,セックスを他人に見せる「常軌を逸した」生業を生きているわけで,世の普通の人たち(「普通」とは何か定義は非常に難しいのだけれども)からは色のついた特殊な目で,どこか蔑みをもって見られるところがある。これは偏見というものではない。やはりセックスを売り物にすることは「普通」ではないことである。「AVに出てしまった」ことに取り返しのつかない後悔を覚える女優さんもたくさんいるのではないだろうか。彼女たちが少なからぬ世間体の抑圧を受けていることはある意味で致し方ないことと俺も思う。

そういうところへもってきて,このニュースは俺に大いなる救いの気持ちを抱かせてくれた。性欲という原初的な欲望を満たす「いかがわしい」メディアの世界で生きて来た人,どこかヤクザで,ダーティな人間関係のなかで体を張って生きて来た印象(これは偏見かも知れぬ)の拭えない人の口から,「笑顔の溢れる家庭」という,小市民的ではあるが,まっとうな社会人として当たり前の思いの言葉が出て来ることに,安堵感と祝福の気持ちが湧いて来た。

及川奈央さんはAVを引退したあと,改名せずに,AV女優のキャリアを隠すことなく,脱がない女優に転身した。俺は麻雀ドラマビデオ作品『むこうぶち』シリーズで,麻雀を楽しむナンバーワンホステス役としての彼女の明るい演技に感銘を受けた。自分の女優人生に対し一貫したキャリアとしてプライドを持って活躍する姿にたいへんな尊敬の念を抱いたものである。そして今般,普通の人と同じような「結婚」,「笑顔」,「家庭」というような幸福な概念とも結びついたことになる。

おめでとうございます。本当に祝福したいと思う。及川奈央さんのような話を聞くと,日本の社会というものが,なにかの理由で「普通」から逸れてしまった者が本人の意思と活動によりまた「普通」に戻って来ることを許容する,そういう寛容さを備えているということ — こういう点こそが強い社会の特徴なのだと痛感するのである。

むこうぶち [DVD]
GPミュージアムソフト (2007-06-25)

なぞなぞ

閑だ,閑だ,閑だ。何か面白いことはないものか。友人に出して受けたのでここにも。

* * *

〔問い〕
俺は女の家を出て,巫山の夢を反芻しながら,一度たりとも方角を違えず,一ミリたりと狂わず,正確に,真南に五十キロ歩いた。そして,次に,やはり一度たりとも方角を違えず,一ミリたりと狂わず,正確に,真東に五十キロ歩いた。さらに,一度たりとも方角を違えず,一ミリたりと狂わず,正確に,今度は真北に五十キロ歩いた。するとなんと再び女の家の前にいた。どうしてこんなことが起きるのか?

〔答え〕
女の家は北極点にあったのだ。

* * *

〔問い〕
真直ぐ向こうの方から,見知らぬ人がこちらに歩いて来て,丁重に会釈した。すれ違いざま,俺も丁重に会釈を返した。そのまま俺たちは振り返ることもなく,それぞれ正反対の方向に,再び真直ぐ歩いた。しばらく歩くうち,真直ぐ向こうの方から,先ほど見た人がこちらに歩いて来て,再び丁重に会釈した。俺も再び丁重に会釈を返した。いったいどういうことなのか?

〔答え〕
俺たちは地球を一回りして再会したのだ。

* * *

〔問い〕
地球一周の距離を正確にミリで答えよ。

〔答え〕
40,000,000,000ミリ。メートル法は地球が基準である。

* * *

最後に,竹中郁の詩をひとつ。

 見しらぬ人の
 会釈をうけて
 こちらも丁重に会釈をかえした
 
 二人のあいだを
 ここちよい風がふいた
 
 二人は正反対の方向へあるいていった
 地球を一廻りして
 また出会うつもりの足どりだった
『日本の詩歌 25 北川冬彦・安西冬衛・北園克衛・春山行夫・竹中郁』
中公文庫,昭和 56 年刊,403 頁。
日本の詩歌 (25) 北川冬彦 安西冬衛 北園克衛 春山行夫 竹中 郁 (中公文庫)
北川冬彦・安西冬衛・北園克衛・春山行夫・竹中郁
中央公論新社

藝大奏楽堂でイタリアの弦楽を聴く

20161120-0.png

11 月 20 日,東京上野の東京藝術大学奏楽堂でイタリアの室内楽を,妻と二人で聴いて来た。日伊国交 150 周年を記念して,弦楽シリーズ 2016 オール・イタリアン・プログラムということであった。

演目は,A. ヴィヴァルディ作曲・三つのヴァイオリンのための協奏曲ヘ長調 RV 551,L. ボッケリーニ作曲・チェロ協奏曲ト長調 G.480,G. ボッテジーニ作曲・協奏的大二重奏曲,G. ロッシーニ作曲・弦楽のためのソナタ第 5 番変ホ長調,O. レスピーギ作曲・リュートのための古い舞曲とアリア第 3 組曲。演奏は,レジス・パスキエ,漆原朝子,玉井菜採,野口千代光ほかのヴァイオリン,市坪俊彦,渡部咲耶ほかのヴィオラ,中木健二,河野文昭,飯島哲蔵のチェロ,池松宏,永井桜のコントラバス,鈴木愛美のチェンバロ。東京藝術大学の先生,大学院生からなる弦楽オーケストラである。

イタリア音楽の官能的な弦楽を楽しんだ。モーツァルト,ベートーヴェンなど独墺系音楽の端正・古典的構成感とは趣の異なる,優美,甘美がある。シチリアーノはモーツァルトよりもヴィヴァルディのほうが私にとっては魅力的である。

どの曲,どの演奏も素晴らしかった。中木健二独奏によるボッケリーニのチェロ協奏曲は,この曲はこんなにいい曲だったんだと改めて思うほどだった。パスキエのヴァイオリン独奏と池松宏のコントラバス独奏によるボッテジーニの協奏的大二重奏曲(グラン・デュオ — 妻の曰く,マンションの名前のよう)は,はじめて耳にする曲だったのだけれども,超絶技巧とケレン味溢れるユーモアで,今日の演目のなかでいちばん楽しんだ。曲の最中で,コントラバスで難しいパッセージを演奏しながら,池松宏が「ヒロシです」ではじまる「これはおれのための曲であってパスキエさんのためじゃない」みたいな独り言を九州弁でしゃべるところがあり,爆笑させられた。楽しい演奏会だった。

演奏会が終わると日が暮れていた。上野公園のイルミネーションがきれいであった。

20161120-ueno.png