大津皇子の恋歌

『万葉集』巻二に,大津皇子おおつのみこ(西暦 663 - 686)の興味深い相聞歌(恋歌)がある。

大船おほぶね津守つもりうららむとはまさしに知りて我がふたり宿
『萬葉集 一』高木市之助・五味智英・大野晋 校注,岩波日本古典文学大系4,昭和三十二年,岩波書店,73頁。

「大津皇子,石川郎女いしかわのいらつめひそかにふ時,津守連通つもりのむらじとほるの其の事をうらあらはすに,皇子の作りましし御歌一首」(同書)との詞書がある。「占へ露はす」,つまり,占いに顕れるとは書かれているが,津守連通とは諜報・秘密警察のような役割を担った役人であってみれば,これは密かに探りを入れて知るという意味だろう。ちなみに「大船の」は「津」に掛かる枕詞である。

つまり,この歌の意味は「スパイにバレると知りながら俺はお前と寝たのさ」。反対勢力に取り囲まれる政治的苦境のなかで,そんなのどこ吹く風とばかりに愛欲に身を委ねるその豪胆さに,思わずしびれてしまう。
 
大津皇子は父・天武天皇の崩御後まもなく,謀反の罪に問われ自害した皇子。享年24。二上山にある彼の墓に,俺は高校生のころお詣りしたことがある。それにしても,叛逆者とされた人物による,かような愛欲の詩さえをも収録する『万葉集』というわが国最大の詞華集には,本当に驚かされる。詩精神が政治によって曇らされていないのだ。焚書坑儒の中国とはまったく異なるこの日本の文学伝統は,誇ってよい。

令和に御代替りとなり,はじめて国書がその典拠とされたことから,四月以降,にわかに『万葉集』関連の図書が書店の平積みを占めるようになった。俺も令和を寿ぎ,久しぶりに『万葉集』を手にとりつまみ食い。

上記引用は,手元にあるこの旧い岩波日本古典文学大系本『萬葉集 一』に拠ったが,『万葉集』のとびきり有名な作品を学習者により分かりやすく解説したものとして,以下をお勧めする。ただし,大津皇子の件の和歌については,鑑賞の対象とはなっておらず,エピソード的に言及されている。