PSCyr-0.4d-beta/日本語の乱れ

LaTeX ネタ今夜の二題目。キリル Type1 フォントについて調べていたら,PSCyr Type1 フォント 0.4d-beta において旧正書法フォント追加がなされていたのに気付いた。AntiquaPSCyr, JournalPSCyr(以上セリフ), TextbookPSCyr(サンセリフ) の 3 書体(ファミリ)だけではあるが,T2D エンコーディングがサポートされたわけである。PSCyr はモスクワ大学の Александр Лебедев 氏によって纏められたものである。この 3 ファミリ以外にも,AcademyPSCyr, HandbookPSCyr, CollegePSCyr, Lazurski, SouvenirPSCyr, TimesNewRomanPSMT(以上セリフ), ArialMT, MagazinePSCyr(以上サンセリフ), CourierNewPMST, ERKurierPSCyr(以上モノタイプ), CooperPSCyr, AdvertisementPSCyr(以上デコレーション)の計 15 ファミリを擁する LaTeX の古典的キリルフォント集成である。

PSCyr フォントパッケージ 0.4d-beta はロシアのヴォロネジ大学の ftp サーバから入手できる。ftp://ftp.vsu.ru/pub/tex/font-packs/pscyr/0.4d-beta/ 以下のファイルをすべてダウンロードする。T2D フォントエンコーディング定義ファイルを持っていない場合は,T2D サブディレクトリから入手できるので合わせてダウンロードしておく。このサイトは passive モードでないとアクセスできないので,ブラウザからリンクを指定しても拒否されるかも知れない。PSCyr-0.4-beta9-*.tar.gz を解凍して,TDS に従ってリソースを TeX ツリーに格納し,pscyr.map をマップ登録すればインストールは完了である。

使い方は \usepackage{pscyr} をプリアンブルに指定して,ファミリ切替え命令によって好みの書体に切替える。数式で使いたい場合,パッケージオプションに math を指定する。以下に切替え宣言型命令,引数型命令をあげておく。[ ] 内にファミリ名を示してある。( ) 内はロシア語書体名である。書体名の後ろに * を付加したものは,T2D エンコーディングもサポートしている。

- \aqfamily \textaq{...} [ faq ]: AntiquaPSCyr (Квант Антиква) *
- \jnfamily \textjn{...} [ fjn ]: JournalPSCyr (Журнальная) *
- \acfamily \textac{...} [ fac ]: AcademyPSCyr (Академическая)
- \hafamily \textha{...} [ fha ]: HandbookPSCyr (Балтика)
- \cofamily \textco{...} [ fco ]: CollegePSCyr (Бодони)
- \lzfamily \textlz{...} [ flz ]: Lazurski (Лазурская)
- \svfamily \textsv{...} [ fsv ]: SouvenirPSCyr (Сувенир)
- \tmfamily \texttm{...} [ ftm ]: TimesNewRomanPSMT (Таймс) 以上セリフ
- \arfamily \textar{...} [ far ]: ArialMT (Ариал)
- \txfamily \texttx{...} [ ftx ]: TextbookPSCyr (Букварная) *
- \mafamily \textma{...} [ fma ]: MagazinePSCyr (Журнальная рубленая) 以上サンセリフ
- \crfamily \textcr{...} [ fcr ]: CourierNewPMST (Курьер)
- \erfamily \texter{...} [ fer ]: ERKurierPSCyr (ER Курьер) 以上モノタイプ
- \cpfamily \textcp{...} [ fcp ]: CooperPSCyr (Кладезь)
- \adfamily \textad{...} [ fad ]: AdvertisementPSCyr (Рекламный) 以上デコレーション

文書のデフォルトフォント Roman, San Serif, Typewriter 書体をそれぞれ Академическая, Букварная, Курьер としたいなら,プリアンブルに以下のように書いておく。この指定を行わなければ,Квант Антиква, Букварная, ER Курьер となる(デフォルト)。

\renewcommand{\rmdefault}{fac}% Академическая
\renewcommand{\sfdefault}{ftx}% Букварная
\renewcommand{\ttdefault}{fcr}% Курьер

書体サンプルは doc/fonts-ex.tex を pdflatex でタイプセットして確認してほしい。私の組んだ旧正書法サンプルを次に掲載しておく。

pscyr-ex.png

原稿は以下のとおり。\usepackage[T2D]{fontenc} で T2D フォントエンコーディングを宣言しておく。旧正書法文字含め UTF-8 で直接入力する場合,\usepackage[utf8x]{inputenc} が必要である。

% -*- coding: utf-8; -*-
% PSCyr-0.4-beta T2D 試験
% Примѣръ русской дореволюціонной орѳографіи
%   coded by isao yasuda, July 19, 2010. All Rights Reserved.
\documentclass[b5paper,10pt]{jsarticle}
\usepackage[T2D]{fontenc}% T2D fontencoding
\usepackage[utf8x]{inputenc}% from the unicode package
\usepackage[russian,japanese]{babel}% 
\usepackage{pscyr}
\pagestyle{empty}%
\def\cyrillicencoding{T2D}%
\begin{document}
\noindent
{\bf PScyr-0.4d-beta---ロシア語旧正書法試験}
 
\sloppy%
\parindent=20pt%
\selectlanguage{russian}
\long\def\rtext{%
Ѳедоръ Достоевскiй, сѵнод, ѵпархия, СѴНОД, ѴПАРХИЯ,\par
Вопросъ о разрывѣ Татьяны съ Онѣгинымъ, несмотря на всю
ясность. Пушкинскаго стиха, выросъ у насъ въ своего рода 
\glqq гамлетовскую проблему\grqq,
къ которой постоянно возвращается критическая мысль.
}%
 
\vspace{1em}
{\aqfamily
\noindent Антиква AntiquaPSCyr (Serif):\par
\rtext}
 
\vspace{1em}%
{\jnfamily
\noindent Журнальная JournalPSCyr (Serif):\par
\rtext}
 
\vspace{1em}%
{\txfamily
\noindent Букварная TextbookPSCyr (Sans-Serif):\par
\rtext}
 
\end{document}

LaTeX 原稿 pscyr-ex.tex,PDF pscyr-ex.pdf も置いておく。直接入力の注意事項がひとつ。ロシア語旧正書法のイ・ス・トーチコイは U+0406, U+0456 ではなく,ラテン・アルファベットの I, i を使用すること。また Babel ロシア語言語定義 russianb.ldf は T2D エンコーディングを自動認識しないので,プリアンブルに \def\cyrillicencoding{T2D} を書いておくか,旧正書法ロシア語を記す前に \fontencoding{T2D}\selectfont をマークアップする必要がある。ロシア語旧正書法用のハイフネーションパターンが存在しないのが残念である。

* * *

大学一年になる息子が,電車のなかで携帯電話が鳴ったとき,向かいにいた中年オヤジにしかられたという。ところが,そのオヤジは「電話,切ろ! 切ろ! と言ってんだ!」とまくしたてたそうである。「『切ろ』なんてバカじゃね?」と息子。どうもこのオヤジ,「切る」の命令形と「着る」のそれとをごっちゃにしているらしい。標準語としては,明らかに間違いである。

日本語の乱れ。でも,別に「バカ」呼ばわりするほどでもないと思う。私が北海道にいたころ,地元の人は「やめろ」というのを「やめれ」と活用させていた。要するに「方言」を「日本語の乱れ」というのは無意味な見方であるのだから,このオヤジの変な日本語も一種の方言だと捉え,かつ「でも正則では間違いだ」と意識するくらいでよい。書き言葉で真面目に書いているのなら,大いにバカにしてやればよい(もっとも,蓮實重彦先生は『反=日本語論』で言語はフィクションだとおっしゃっていて,そうすると,これもご愛嬌だと受けとめよう)。事実「これは『切れ』と要求しているんだ」と息子には通じているんだから,現実の話ことばの形態をコムツカシクあげつらってもしようがない。

「ら抜き言葉」にあまりに神経質になって,可能動詞の用法が書き言葉としても広く認められた状況を知ってか知らずにか,「笑うことができる」という意味の「笑える」を,「笑はれる」と書かずにおれないネット思想家がいた(私の所謂「なんちやつて舊字・舊假名遣ひ派」のひとりである)。「切ろ」オヤジより,この「國語」にうるさい賢しらな偏屈ネット思想家のほうがよっぽど「笑へる」。