OldFonts 古ロシア語フォント集成

ロシアの LaTeX メーリングリスト CyrTeX-ru@vsu.ru で先日,OldFonts キリルフォントパッケージの話題が出ていて,興味を掻き立てられた。『Шрифты OLD FONTS А.В. Дмитриева (8063)』以降のスレッドである。

OldFonts はモスクワ大学のサイト http://lizard.phys.msu.ru/home/compu_sci/oldfonts-koi.html で公開されている。ところが,私の自宅からは何故か DNS でアドレスを解決できず,本サイトにアクセスできなかった。どうしてもこのフォントを得たかったので,私は Mariusz Wodzicki 教授に泣きついた。メールを書いてパッケージ,情報について教えを乞うた。彼は,私が以前 Babel ロシア語言語定義についてメールのやりとりをしたカリフォルニア大学バークレイ校数学教授だ。彼は OldFonts の開発にも協力したらしい。教授は親切にもパッケージアーカイブを送付してくれ,私は自分の TeX システムにセットアップすることができた。

今日は OldFonts の概要とインストールについてメモしておく。パッケージはモスクワ大学 А. В. ドミートリエフ教授のサイトから取得する。ただし,私のように DNS 解決ができない場合があるかも知れないことをお断りしておく。

OldFonts 概要

OldFonts はモスクワ大学のアレクセイ・ドミートリエフ А. В. Дмитриев が開発した LaTeX フォントパッケージである。コンセプトは「ロシア革命前の正字法テキスト組版に適したフォント集成」。革命後の正字法改正(※)で廃止された文字 і[イ・ス・トーチコイ],ѣ[ヤッチ],ѳ[フィター],ѵ[イージツァ]を含む PostScript Type1 フォントが,バージョン 37(2008.1)では 13 ファミリー添付されている。そして,これらのファミリーは立体,斜体などのシェープをほぼ備えている。ロシアの往時の文書を再現するのに優れている。パッケージのライセンスは Aladdin Free Public License (Version 9, September 18, 2000) に準拠している。

(※)現行正字法は 1918 年 10 月に布告された。ロシア革命以前の旧正字法では,例えばフョードル・ドストエフスキイ Федор ДостоевскийѲедоръ Достоевскій と表記した。日本語でも戦後,現代仮名遣いで仮名文字「ゐ」,「ゑ」が排されたのと同じようなものである。ロシアでも一部に旧正字法にこだわるひともいるようである。これまた,日本でも歴史的仮名遣いを使いたがるひとがいるのと同じである。

ファミリー内訳は次のとおり:[1, 2] Академическая (Academy, 標準・ナローの 2 ファミリー),[3, 4] Обыкновенная новая (New Standard Old, 標準・ナローの 2 ファミリー),[5, 6] Елизаветинская (Elizavet, 標準・ナローの 2 ファミリー),[7, 8] Литературная (Latin, 標準・ナローの 2 ファミリー),[9] Миньон (Adobe Minion Pro),[10] Палатино (Palatino Linotype),[11] ПТ-Курьер (CourierRO),[12] Пушкин,[13] Древнерусский。ただし,[9], [10] はスタイルのみであり,フォントそのものは添付されていない。

[1] 〜 [8] は学術書,文学書などで使用される一般的なフォント。とくに Елизаветинская は懐かしい古風な感じがする。面白いのはデザインフォント Пушкин だ。詩人プーシキンの自筆書体を参考にしてデザインしたという筆記体である。Древнерусский はその名のとおり古ロシア語フォントである。ただし,титло チトロなど教会スラヴ語独自の組版に最適化されているわけではなさそうである。書体サンプル fonts-sample.pdf を掲載しておく。このドキュメントには OldFonts の解説,使い方もしるされている。機会があればこの場でも紹介したいと思う。

OldFonts インストール

簡単にインストール方法を示す。Type1 フォント用リソースをインストールする UNIX 系の手順である(TrueType フォント用設定は行わない)。Windows でもファイルを TDS に合わせて格納すればよい。OldFonts は古いキリル文字を含むため,T2D フォントエンコーディングを使用する(旧正字法固有の文字を使用しないなら T2A フォントエンコーディングでもよい)。t2denc.def ファイルなどの関連定義ファイルを CTAN からダウンロードして組込んでおく。ただし,[9] Миньон (Adobe Minion Pro),[10] Палатино (Palatino Linotype) についてはフォントが添付されていないので,この手順では利用できない。これについては別途改めて紹介する。

  1. OldFonts アーカイブをモスクワ大学 А. В. ドミートリエフ教授のサイトからダウンロードする。OldFonts-dist-37.tar.bz2, Courie_A.zip, Courie_OR.zip が必要である。T2D の定義ファイル(А. Лебедева アレクサンドル・レーベジェフ教授によるもの)もここで入手できるはずである。ローカルでワークディレクトリ(~/tmp/dmitriev とする)に解凍する。
  2. 解凍してできた texmf 以下のツリーが TDS に適合するよう,一部ファイルを移動する。
  3. % cd ~/tmp/dmitriev
    % mkdir -p ./texmf/fonts/enc/dvips/oldfonts
    % mv ./texmf/dvips/base/*.enc ./texmf/fonts/enc/dvips/oldfonts/
    % mkdir -p ./texmf/fonts/map/pdftex/oldfonts
    % mv ./texmf/pdftex/config/*.map ./texmf/fonts/map/pdftex/oldfonts/

  4. Courier Type1 フォントのファイル名を訂正し,ツリーに格納する。
  5. % cp ./Courier_A/PostScript/CRR__a.PFB \
         ./texmf/fonts/type1/paratype/courier/crr35__a.pfb
    % cp ./Courier_OR/PostScript/CRR_OR.PFB \
         ./texmf/fonts/type1/paratype/courier/crr35_or.pfb

  6. ワークのツリーを TeX システムのツリーにコピーする。次の手順では,環境変数 TEXDIR に texmf-local の位置を記憶させている。
  7. % cd texmf
    % su -m
    # setenv TEXDIR /usr/local/teTeX/share/texmf-local
    # tar cf - ./fonts/ ./tex/ | ( cd $TEXDIR ; tar xvf - )
    # mktexlsr

  8. フォントマップを登録する。
  9. # updmap-sys --enable Map=oldf-ps.map
    # exit

タイプセット

試験用の原稿を OldFonts-sample.tar.gz として掲載しておくので,以下のようにタイプセットしてみてほしい。ただし,コンパイルには別途 ncctools パッケージ(А. Роженко によるキリル組版のためのツール集)が必要であり,CTAN から取り寄せて組込んでおく。この .tex 原稿は Windows CP1251 キリルエンコーディングで記述されており,編集にはこれをサポートしたエディタが必要なので注意。結果 PDF は OldFonts_test.pdf のとおりである。なお,この文書は http://narod.ru/disk/8944080000/OldFonts_test_2_PROBLEMA.rar.htmlCyrTeX-ru@vsu.ru 8063 記事参照)にあるアーカイブの原稿に,私が少し手を入れたものである。

% cd OldFonts-sample
% pdflatex OldFonts_test.tex

サンプルは pdflatex コマンドで処理しなければならなかったが,フォントそのものは pLaTeX2e, upLaTeX でも使えるはずである。

旧正字法で使用される文字を含む TeX フォントは,これまで LH キリルフォントに限られていたのではないだろうか。LH は学術論文に相応しい気品を有する万能フォントであるが,少し硬い。OldFonts の登場により,実際のロシア語文献で見かけるような書籍活字デザインで,旧正字法テキストが組版できるようになった。ロシアの文学研究年報などでしばしば眼に触れる Академическая フォントでもって自分の文書を作成できるなんて,私などは感激してしまうのである。

※ 09.7.7 付記:OldFonts の利用方法,Palatino, Minion フォントのインストールについて,ここにしるした。