バーベキュー大会,ロシア映画特集・ショスタコーヴィチ

昨日は長男の所属するテニス部のバーベキュー・パーティーだった。去年に引き続き,今年も夫婦で参加した。場所も同じく多摩川園の近くの多摩川河川敷。参加した親御さんは母親中心で男手が足りず,コンロの準備などのインフラまわりで私はせかせかと働かなければならなかった。大量にあった肉はあっという間に小僧どもが平らげてしまった。久しぶりに一日中日光に晒されて顔,腕など日焼けして,ひりひりして悲鳴をあげている。

高校2年になるうちの息子も「先輩」といわれる時代になった。運動部の子供たちは少なくとも表面上は礼儀正しく,なにより明るくてよい。私が,「おい,これをあのワゴンのところまで運んでくれ!」と頼むと,「はいっ!ドアの前に置いておけばよろしいでしょうかっ!」と毬栗頭の小僧どもが応える。私は戦争というものが大嫌いではあるが,じつはこのような軍隊式はいやではない。会社人間が染み付いてしまったのかも知れない。

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バーベキュー大会の帰り,武蔵小杉で東急東横線から JR 南部線に乗り換える途中,ロシア映画特集のポスターを妻が発見。『アラノヴィッチとソクーロフ』という副題のついた特集が川崎市民ミュージアムで開催されていたのである。このロシア映画特集は 10 月 12 日から 26 日までの 6 回にわたって,セミョーン・アラノヴィッチとアレクサンドル・ソクーロフの共作映画を上演するイベントであった。

川崎市民ミュージアムは市営の美術館でモダンアート中心の展示をその特徴としているが,270 席の映像ホールを有しており映像文化への入れ込みにも熱心であり,このロシア映画特集などの珍しい企画を定期的に催している。川崎市民ミュージアムの学芸員は優秀だ。最近のくだらない映画文化に一石を投じたいとの彼ないし彼らの気概を十分に感じ,私は税金を払っているものとして満足を覚えた。ポスターを見て非常に関心を掻き立てられた私は,今日,その四本目の演目『ヴィオラソナタ・ショスタコヴィッチ』を,バレーボールの試合から帰ってきた娘と二人で観に行ったのである。娘は学校の課外授業で川崎市民ミュージアムのこのホールで映画のフィルムをセットして映写機を回す経験をしたという。

『ヴィオラソナタ・ショスタコヴィッチ』(1981 年製作) は,ヴィオラ・ソナタを作曲していたショスタコーヴィチ最期の日々に焦点を当てながらも,作曲家の生きた時代のパノラマともいえるドキュメンタリーになっている。第一交響曲でセンセーショナルな脚光を浴び,戦時中のピアノ五重奏曲,第七交響曲で国民的栄誉を勝ち取り,ゴーゴリ原作のオペラ『鼻』や第八・九交響曲で「形式主義」批判にさらされる人生が,時代の記録映像を交えて描かれている。記録映像・写真がモンタージュ風に挿入され,繰り返されることでひとりの芸術家と時代の姿が浮かび上がってくる。繰り返されることで「記録」が「表現」にまで昇華される。ヴィオラ・ソナタ以外にも,弦楽四重奏曲第十五番の狂おしいモチーフが効果的に使われていた。

オイストラフとヴァイオリン協奏曲の解釈を巡る電話の記録 — これはあきらかに盗聴の記録であって,それくらい当時のソ連の有名芸術家は監視にさらされていたということ —,ムラヴィンスキイとバーンスタインによる第五交響曲のあの終末の演奏を並べることで強調される解釈の違い,ピアノ五重奏曲を練習するリヒテルとボロディン四重奏団,散歩するアンナ・アフマートヴァ (ロシア二十世紀最大の女流詩人),死せるプロコフィエフを前にしたショスタコーヴィチなどの映像が興味深かった。

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ショスタコーヴィチの音楽はひところ社会主義リアリズムの体制迎合音楽として解釈されてきた。そのイメージがソロモン・ヴォルコフ編『ショスタコーヴィチの証言』の登場によって一挙に覆された。この書は偽書であるとの疑いが濃い。しかしながら,いまや体制迎合云々を抜きにしても,ショスタコーヴィチの音楽が深く感動的なものであることは疑いがない。大学時代,この『証言』を読みながら,ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲やピアノ五重奏曲,ヴィオラ・ソナタを毎日のように聴いていた。ちょうどベルナルト・ハイティンクがアムステルダム・コンセルトヘボウ,ロンドン響を指揮したショスタコーヴィチの交響曲全集の録音が進行中で,第五番,第十四番などのレコードが出るたびに私はそれを買い求めて聴き入ったものである。『証言』は偽書であるかも知れないが,私自身は「真実を嘘で塗り込めたフィクション」のような意味を本書に感じている。偽書だからといって嘘っぱちの読むに値しない本だと極め付けてその価値を見いださない向きもあるが,私は本書がショスタコーヴィチの音楽のもつ人生の皮肉と深い悲しみを言葉で語る数少ない書であると思っている。たとえ嘘で塗り固められた物語でも真実はあるのだ。

ショスタコーヴィチの証言 (中公文庫)
ソロモン・ヴォルコフ編
水野忠夫訳
中公文庫

私のお勧めのショスタコーヴィチのレコードもあげておきたい。

Shostakovich: The Symphonies
Bernard Haitink (Dir)
Concertgebouw Orchestra Amsterdam, et al.
London (1995-05-09)

これはベルナルト・ハイティンクによる交響曲全集。私にはいまだにこれが最上の演奏である。アムステルダム・コンセルトヘボウは私のもっとも好きなオーケストラのひとつである。

ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲全集
フィッツウィリアム弦楽四重奏団
ユニバーサル・ミュージック (2005-07-21)

ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲はタネーエフ四重奏団とベートーヴェン四重奏団によるものを私は愛聴しているけれども,現在入手できないようである。私が学生のころ「西側」の新しい解釈として出たこのフィッツウィリアム四重奏団のレコードも,線が細いとはいえ,名演である。

ショスタコーヴィチ:ピアノ&室内楽曲集
V. アシュケナージ (Pf)
フィッツウィリアム四重奏団
ボザール・トリオ
ユニバーサル・ミュージック (2006-07-26)

これは 24 の前奏曲とフーガ,ピアノ五重奏曲,ピアノ三重奏曲などのピアノを中心とする室内楽曲集である。ヴラディーミル・アシュケナージのピアノの透明な音響が出色のショスタコーヴィチ。

あとヴィオラ・ソナタについては本ブログ記事『ショスタコーヴィチのヴィオラ・ソナタ』にあげている。