日露首脳会談,あるいは浅はかな人たち

12 月 15 日と 16 日,ロシアのプーチン大統領が来日した。北方領土での共同経済活動に関する共同声明を出すことで安倍首相とプーチン大統領が合意した。これが成果である。領土が動くかどうかに関心があるなか,この日露首脳会談は日本にとって「失敗」だったとみる人たちがあまりに多い。

民進党の蓮舫代表は「領土問題でも進展あるいは道筋が見えるものだと思っていたものが,結果として大規模なわが国の経済援助で終わったような印象がある」と批判している。自民党元閣僚経験者からも「経済協力の食い逃げと言われても仕方がない」という声も出ている。

これまでの日ソ・日露交渉に関心をもってみて来た俺からすると,蓮舫やら自民党の某やらは,なんと浅はかな,愚かな連中かと嘆かわしく思う。

そもそも外交交渉によって領土が返って来るということは,ほとんど絵空事に近い困難な仕業である。おまけに,日本とロシアとは 19 世紀以来,伝統的に敵対する隣国なのである。おまけに,日露関係について無知,外交において無能だった川口順子外務大臣(橋本・小渕・森政権における日露交渉で四島一括返還を取り下げていたのにもかかわらず,「四島一括返還を目指す」などと宣言し,ゴールポストを冷戦時代に逆行させた愚か者)を擁した小泉純一郎政権と,ロシアを泥棒呼ばわりして国内反露世論を煽るしか能のなかった不作為・菅直人政権とが,ソ連崩壊により軟化して友好的になったロシアを硬化させ,それまでの北方領土交渉の流れをブチ壊し,日露の信頼関係を決定的に毀損してしまっていたのである。

さて,そういう情勢が続いていたなかでの,今回の安倍・プーチン会談。共同経済活動を北方領土で実現する。そして,元島民が査証なしで北方領土に渡航できる「自由往来」の拡充も別の共同宣言に盛り込む。北方領土を実行支配しているロシアからすれば,かなり踏み込んで日本に譲歩していると思う。しかも,ロシアが自国の正統な領土であると主張する領域において「主権に関する両国の立場を害さない」という文言を声明に入れることに合意した,というのは,目に見えるところで現状から失うことの多いのは,むしろロシア側である。

蓮舫の「日本の大規模な経済援助で終わった印象だ」という,「日本が援助してやっただけ」論,「ロシア食い逃げ論」を振りかざして政権批判をする態度は,日露交渉に対する右バネ・反ソ/反露勢力の伝統的身ぶりである(「食い逃げ」発言の自民党元閣僚はおそらくこのクチ。多分,安倍長期政権のおかげで自分が総理になれないやっかみがあるんだろう)。「援助」ってタダでやる,ということである。共同経済活動とはビジネスであって,儲かると思う企業人が頑張る世界を北方領土という係争地で認めるということである。そこで「援助しただけ」「食い逃げ」って具体的にどういうこと?「食い逃げ」の内容(タダで持って行かれたのが何なのか)をまったく説明していない。つまりは言いがかり。

それゆえにこの交渉を「失敗」と切り捨てる人は,ただの「食い逃げ論」の受け売りでしか外交を評価できない愚か者か,外交というものには「相手がある」ということのわからない自己中心的な考えしかない人か,またはただ単にロシアが嫌いな人か,そのいずれかだと俺は思う。うん,あと,坊主憎けりゃ袈裟まで憎い式に,徹頭徹尾,安倍自民党政権を嫌う人も当然このなかにいる。そもそも領土が戻って来るということを安易に考え過ぎていないか。

なぜ蓮舫(または自民党某)にはそれが理解できないのか。蓮舫以下の民進党の人たちが,領土問題だけがロシアとの主たる外交事案としかみておらず,北方領土をロシアとの単なる駆け引きの材料としてしかみておらず,さらに,旧島民がいること,北方領土にはすでにロシア人が暮らしていること,北方領土そのものにも豊かな経済水域等の価値があること,等々をほとんど熟慮していないからである。蓮舫は,旧民主党政権が国内に向かってロシアは泥棒だというばかりで,肝心のロシアとは「話もできない」,情けない政権だったことをお忘れか。それから比べると,安倍さんは,菅直人が潰した関係を復旧しただけでなく,大きく日露関係を動かした。そう評価できる。

プーチンは,平和条約が締結されたら日ソ共同宣言に従って歯舞島・色丹島を引き渡すと明言している。ロシアはウクライナやシリアの事案のために米国・西欧諸国から蛇蝎のごとく忌み嫌われている国であるが,ゴールポストを常に動かす韓国のような小国とは異なり,外交の「約束」は守る国である(ヤルタ会談に従って日ソ不可侵条約を一方的に破棄しやがった前例があるけれども)。平和条約締結のためには,国民レベルでの一定の信頼関係を醸成することが必要で,小泉純一郎政権と菅直人旧民主党政権がこれを決定的に壊してしまったからには,それにはまだ相当の時間がかかるのは当然である。それにしても,安倍さん肚が座っている。いま今日現在,プーチンと笑顔で会談しているだけで,米国・西欧諸国からは蛇蝎のごとくに眺められているはずである。でもなあ。シリアの泥沼の内戦は,「自由主義」的欧米が「アラブの春」を囃し立て,反政府組織に肩入れしたのがその発端ではないのか?