晩秋の暗夜行路,あるいは,朴槿恵スキャンダル

十一月五日,天気もよく比較的穏やかな土曜日,次週早々のレビュー資料を準備するために休日出勤した。その日のうちに終わらせようと終電ギリギリまでかかってしまい,おまけにJR京浜東北線が微妙に遅延した関係で川崎駅の乗り換えでJR南武線終電に乗り遅れてしまった。しようがなく川崎駅から自宅まで6キロを歩いて帰ることに。川崎駅改札を出るとき,スイカの残額は666円だった。不吉。面白からず。タクシーを拾うことも考えたが,休日出勤で深夜帰宅のためにタクシーを使うなんて,よほどの説明をしなければ認可されるはずもなかった。

iPhone に入れた音楽を聞きながら,月の落ちた夜陰を歩む。マーラーの五番。これがフィナーレを迎えるあたりには自宅に辿り着くだろう。静かで限りなく優しい音響に退廃的な感情が横溢する四楽章アダージェットを聴いていると,この齢になってなんでこんなことしてるんだろうかと,黄昏れてしまう。今日の資料で来週バトルをすることになる予感。ムカムカ。川崎幸警察署前の都町交差点の歩道橋の階段を上る途中,ホームレスが階段に座り込み荷物を広げて,俺の行く手を遮っていた。老婆だった。俺はぎょっとしてまずこの人が生きているのかと眼を凝らす。彼女が手を動かして何かしていて,少しほっとする。「すみませんね」と言って,彼女の広げた荷物を大股でまたいで俺はホームレスを後にする。ま,気楽に行こう。

ふと,ここのところ姦しい新聞報道を思い出す。

韓国大統領・朴槿恵が親友・崔順実(チェ・スンシル)に機密文書を見せて意見を聞いていたというスキャンダルで,いま韓国は一大騒動の渦中にある。大統領の支持率はいまや 5% にまで下落し,史上最低との話である。聞くところによると,朴槿恵は,演説の内容やら,首脳会談でのファッションやら(女性らしい),崔順実に相談を持ちかけ,崔順実の家族・関連団体の利権のために様々な権力濫用をしていた。報道を受けて朴槿恵が国民に対して一部事実を認め謝罪するに及んで,「崔順実は五人の専任ホストを抱えていた」などという下半身ネタまで出てくる始末である。孤独な朴槿恵だって,ホストを抱えたお友達とどんなお遊びをしていたのかというような,あることないことが,肥だめをぶちまけたような感じで吹き出している状況である。そんなこんなで,難しいことのわからない一般大衆がソウルで二万人も集まって朴大統領弾劾デモを繰り広げた。

韓国大統領は強い権力を握るため再選不可となっていて,五年任期の間にかなり放恣なことをするらしい。儒教の国であり,一族の私腹を肥やすようなことをやる。それがあまりにも眼を覆うくらいの体たらくなんで,権力の座を降りた瞬間に次の権力者からそれらを暴き立てられて法廷に立たされ,死刑・無期懲役を宣告される。そういうことがもう当たり前のごとくになっているお国柄である。俺としては,朴槿恵のスキャンダルは,「これくらいやってただろう」くらいの受け止めなんである。決して是とは出来ないが,韓国の大統領は皆盛大にこの手の汚職をやって来たので,それに比べりゃ,朴槿恵の自己中権力者ぶりがどこまで突出しているのか判断は難しいと思っている。そんなことより,もっと深刻な解決すべき問題が韓国にはあるだろうが。

サムソン・スマホ発火事件に現れた製造業最大大手の業績不振,韓進海運破綻,などなど,目下,韓国経済は大きく揺らいでいる。この次は銀行の破綻が目に見えるようである。一方,北朝鮮が核実験・ミサイル実験を繰り返し核兵器配備が時間の問題となっており,THAAD 配備等の対策が急がれている。こういう経済,安全保障の緊急的課題を前に,韓国伝統の(要するに,「そんなの,知ってたよ」的)汚職疑惑なんぞで韓国政府中枢が麻痺状態になってしまった。そこが一番の問題である。菅官房長官は定例記者会見で,この韓国騒動について「わが国への影響はまったくない」としゃあしゃあと発言していた。それ自体は隣国日本の政府広報としてじつに周到だと思うのだが,朴大統領が任期前辞任に追い込まれるなんてことになれば,先の日韓慰安婦問題合意や THAAD 配備決定に現れた日米韓安全保障連携の進展やらが,すべて台無しにされてしまうのではないか,という危惧は抱いているはずである。「予定通り,日中韓首脳会談は行われると政府は考えています」— 日本政府はそこに賭けているのかも知れない。

それにしてもと俺は思う。大統領を支える人たちのろくでなしの多いこと。大統領府政策調整首席秘書官であった安鍾範(アン・ジョンボム)は,崔順実の二つの財団への資金提供を財界に強要した職権乱用などの疑いで逮捕された。そして,これは「大統領の指示でやった」と証言した。崔順実は疑惑の浮上とともにドイツに出国したが,10 月 30 日に帰国し,報道陣にもみくちゃにされながら「死んで償うほどの罪を犯した」と謝罪した。崔順実は証拠隠滅のため使用するタブレット端末を事務所管理人に処分するよう命じたが,この管理人はタブレット端末を処分するどころかマスコミに売ったため,機密情報漏洩の決定的な証拠が押収されたと報じられている。大統領はその職務の延長線上で死をも辞さずの覚悟でこの要職に就いているはずである。そして,肝胆相照らし公私のすべてを捧げた秘書官,側近に支えられているはずである。なのに,安鍾範,崔順実,その関係者の半ば裏切りの連鎖のような形で政治信頼を決定的に喪失してしまった。

朝鮮という国は昔から,宮廷内の政治闘争に明け暮れる,王が奸臣に惑わされて国政の方向を誤る,なんていうのが政治の図式のひとつの型になっているところがある。安鍾範は検察の前で舌を噛み切って自害してでも大統領の秘密・尊厳を守る立場にあるのではないか。それなのにこいつは簡単に裏切ったわけである。「死んで償うほどの罪を犯した」と言うのなら,口に出す前に,大統領へ罪が及ぶ前に,崔順実は自らの頸を掻き切れ,とさえ言いたくなる。ことは国政の大事なんである。日本の政治家の秘書ならそうするはずである。内輪もめで国政が混乱する国。経済,安全保障について国難の状況にあるのに,いつもの汚職,腹心たちの裏切りのようなチンケな話で国民の怒りが爆発し,国政が麻痺してしまうとは。ホント哀れである。韓国は間違いなく自滅するように思われる。

仕事のムカムカでアダージェットに黄昏れている俺は暢気なもんである。朴大統領はいま己の運命を予感して,ここ一二年で死刑判決を宣告される身であることを覚悟して,蒼然としているに違いない。もう,こうなったら,いつもの反日パフォーマンス,これまでにない過激なパフォーマンスをやって,人気をV字回復するしかなさそうである。レイムダック化した韓国大統領の常套手段である。竹島に上陸してわが皇国の陛下を侮辱し — ここまでは李明博がやらかしてくれたんだが —,さらに昨年末の日韓慰安婦問題合意(「最終的・不可逆的解決」という文言が合意文書に含まれる重い約束)を,まだなんら合意事項を守らないうちから,破棄を宣言して,国民の大喝采を得る。これしか手はなさそうである。まさに中二病。日本,米国の信頼を失うことになるだろうけど,背に腹は代えられない。