若冲展・藝コレ・藝大管楽コンサート

五月三日,憲法記念日の今日,東京・上野公園にある東京都美術館で開催されている伊藤若冲展を観て来た。妻,娘と三人で出かけた。

20160503-01-hakuchu-ten.png
若冲展 flier

若冲は生前から京都を代表する絵師として知られたにもかかわらず,最近まで美術史家からそれほど高い評価を受けていなかった。ところが,2000 年代に入って大ブレークし,その名声は高まる一方であるらしい。犬や僧人形,象のユーモラスな造形は,クールでポップな感じがあり,現代の若い美術ファンを魅了するものだろう。そういう背景もあってか,今回の『生誕 300 年記念 若冲展』は,これまでにない一大規模の展覧会となり,テレビでも鳴り物入りで紹介され,予想通りの大盛況であった。チケットを購入して展覧会場に入るのに一時間以上待たされるなんて,日本絵画展覧会に対する私の想像を越えていた。

2008 年に上野・国立博物館で開かれた『対決 — 巨匠たちの日本美術』という展覧会で,はじめて若冲の『旭日鳳凰図』を観た。動植物の精緻な描写と夢のような想像力とが結びついた絢爛に魅せられた。このたびは,『動植綵絵』30 幅が一同に会するなど,おおよその主要作品を観ることが出来た。

鳳凰や鶏をモチーフにした作品がことに名高いわけだけど,私は若冲の雪中図が好きである。点,ぼかし,線による若冲の無数の雪の白には,計算と偶然,精緻と放縦の動静が息づいている。今回さらに興味深かったのは,『動植綵絵・池辺群虫図』。蝶,蟷螂,蛙などが小さいカットで多数鏤められた,全体の焦点,中心点のない作品である。毛のひとつひとつが克明な毛虫,食い荒らされて穴だらけの,斑の混じった葉。こういう伝統的審美観からすれば醜の要素を丹念に描き込む情熱は,花鳥風月をもっぱらとする江戸絵画では珍しいのではないかと思った。なのに,絹本着色の材質・技法の匠によって,それこそベルベットのような肌触りがあり,色鮮やかなんである。

* * *

若冲展はもともと,五月一日,メーデーの日に,東京藝大奏楽堂での管楽アンサンブルのコンサートと合わせて足を運ぶつもりだった。しかし,あまりに混雑して待ち時間が長大だったために,また別の日にと諦めた。その代わり,15 時開演のコンサートの前に,東京藝大美術館で『藝大コレクション展 — 春の名品選』を見学した。

有元利夫の藝大卒業制作『私にとってのピエロ・デラ・フランチェスカ』10点(1973 年作品)が見所であった。日本人離れした中世風のロマネスクな物語性という彼の特徴がよく出た傑作だと思う。工藤甲人の紙本着色の抽象画『野分』(1964 年作品)にも大いに魅せられた。

20160503-02-arimoto-my-piero.png
有元利夫『私にとってのピエロ・デラ・フランチェスカ』より(Post card)
* * *
20160503-03-sogakudo-concert.png
藝大奏楽堂管楽コンサート flier

そのあと,東京藝大奏楽堂で『ヴィル・サンダースと奏でる響き — ホルンアンサンブル&吹奏楽』と題するコンサートを聴く。プログラムは,F. メンデルスゾーン作曲・『夏の夜の夢』より「夜想曲」,A. ブルックナー作曲・交響曲第4番より第4楽章,N. ヘス作曲・『イーストコーストの風景』,D. R. ホルジンガー作曲・『バレエ・サクラ』,E. グレグソン作曲・ホルン協奏曲(吹奏楽版)。ヴィル・サンダースの指揮,東京藝大ホルンアンサンブル及びウィンドオーケストラの管楽,日髙剛のホルン独奏による演奏だった。

私の知らない現代作曲家 — ブラスバンドをやっている人にはよく知られた作曲家なんだろうけど — による作品がメインプログラムになっていて,何の準備もなかったわけだけれども,たいへん楽しめた。とくに『バレエ・サクラ』では,管楽演奏者自身がラテン語で聖歌を合唱するところがあり,印象的だった。指揮者サンダースさんが演奏に先立って,このたびの熊本の震災で苦しんでいる人々に捧げたいと語っていたのにつけ,神妙な雰囲気があった。

ホルンアンサンブルのアンコールとして演奏された G. W. ハイデ作曲・HELDENKLOBBER は,管楽の雄・ホルンとこれをやっかむハープとの諍いをユーモラスに表現した曲で,マーラーの 5 番のシンフォニーのパロディー的引用があったりと,たいへん愉快な作品だった。藝大の学生さんだけのオケとは思えない,メリハリの利いた素晴らしい演奏だった。

ホルン協奏曲を聴き,観て,面白いと思ったこと。ホルン独奏者が,楽器の内部に溜った水(要するに,呼気とともに吐き出された唾)を,わずかの休止の間にひっきりなしに,巧みに,手際よく,地べたに排出していた。通常ホルンは管弦楽の奥の方に位置づけられるので,こういう技になかなか気づかされることがない。これも音を安定させるために必須の処置なんだろう。もちろん,日髙剛のホルンは申し分なかった。ホルンという楽器はプロのオケでも生で聴くときはヒヤヒヤさせられるものだが,さすが東京藝大の先生の演奏は安定感があった。

* * *

上野公園は連休の行楽客で賑わっていた。林を歩くと著莪の花が綺麗だった。

20160503-04-ueno-park-shaga.png
著莪,上野公園