帰りの電車で東スポを盗み見るの図

昨日の帰り,いつものように新橋駅から JR 横須賀線に乗車し,扉そばの座席の真ん前のつり革にぶら下がった。目の前には,四十少し足らずかと思しき,それでもハラの出た,擦れた感じの強いサラリーマン男性が,戸袋の手すりに背中を預けて,車内を向いて東スポ(東京スポーツ新聞)をデカデカとこちらに広げていた。まだ夜の九時過ぎで,車内はそれほど混雑していなかった。

「中居『金スマ』打ち切り危機」なる一面トップ記事がこちらから見えていた。ふと右横を見ると,私のすぐ近くに若いOL風の女性が立っていて,その東スポ一面記事に見入っているようだった。それまで見ていたスマホのポジションはそのままに。ついつい気になって読みはじめてしまった風情であった。さすが,SMAPは偉大である。

ベッキー不倫騒動,SMAP解散騒動のダブルパンチで,金スマ打ち切り危機だという。「ご心配をかけて申し訳ありませんでした」などと騒動を謝罪した,というフレーズも読めた。なんで不倫や解散の問題で「騒動を謝罪」しなけりゃならんのだ? 世間やマスコミが勝手に騒いでいるだけなのに,その原因を供給したことで「お詫び」だって? そのおかげで,ほら,東京スポーツなんかが売れて,むしろ経済効果をもたらしているんだから,謝罪なんて不要ではなかろうか。世間を騒がせたことに対して謝罪するのがどうも当たり前になっていて,一般ピープル側も「これだけ騒がせておいて謝罪もなく,けしからん」風の意見を言うバカすらいる。俺は世の中どうも理解できません。

と,サラリーマン,徐にページをめくって別の紙面をこちらに向けた。「夜行バス格安運行の限界」の見出し。右の女性の視線は再びスマホに移っていた。俺も,その事故については他の新聞で読み,テレビでも見たので,東スポもちゃんと反応しているんだ,くらいの感想であった。俺はというと「格安」の弊害どうのこうのよりもっと構造的なところがこの事故の悲劇であると思っている。安月給でコキ使われた初老ドライバーの疲労が原因と思われるミスで,将来ある若者が何人も死んだ事故。なんとまあ,この国の現在を象徴するような事故であろうか。

サラリーマン,またゆっくりとページを裏返らせる。「川崎移籍の森本 大久保に弟子入りで復活なるか」。ならない。

そして,最後にリーマン君が新聞を繰ってこちらに大らかに向けた紙面は,— いずれ来ると俺は期待していたんだが,— これぞ東スポともいうべき風俗欄。女の乳房がバーンと露出した写真を掲載したエロ記事である。ちょっと,このリーマン君,もう少し世間体を考えておまんこ新聞を読めよ,と大いに呆れながら,何? 何?と俺は記事を目で追おうとしていた。と,例の女性は,この露骨なエロ紙面を突きつけられた恥ずかしさに堪え切れずにか,ひとつ後方の扉のほうにスタスタと移動してしまった。そこで,新川崎駅に到着。サラリーマンは東スポを戸棚に捨てて,俺より先に車を出てしまった。おそらくこの瞬間に彼は読んだ記事の内容をすべて忘れ去ったに違いない。それくらい,心残りのない捨て方であった。