ミナミの帝王

このところ,TSUTAYA で借りた『ミナミの帝王』の DVD を,晩ご飯のときに妻と見るのがマイブームである。じつは,『ミナミの帝王』初期の東映Vシネマ特有エロシーン満載の DVD は,正月に俺ひとりで見まくってしまい,人気の出始めたあたりのエロ抜きストーリーものからいっしょに見るようになったのであるが。今宵観たのは,Vol. 47『誘惑の華』(萩庭貞明監督,2003年 Softgarage 製作作品)。

豊田新地の売春婦・カスミ(嘉門洋子)に入れあげる氷屋社長(ぼんちおさむ)は,「父親が病気で多額の借金があり,その返済のために体を売っている」というカスミを不憫に思い,トイチの萬田銀次郎(竹内力)から借りた二百万円を彼女に与える。じつは,カスミはホストに貢いだ挙げ句に借金漬けになり,豊田新地で売春稼業をせざるを得なくなったのだった。

ところが,氷屋社長は自らの借金に首が回らなくなり,借金取立て役の舎弟・公平(山本太郎)から「せめて利息分だけでもカスミから返してもらえ」と責め立てられてカスミを訪れる。そこで,遣り手婆から「カスミが騙したっちゅうのはスジが違うでぇ。あんたはカスミが作った物語をこうたんやないの?」と詰め寄られて,彼はぐうの根も出ない。

こういう売・買春をめぐる玄人な台詞が,じつにリアリスティックかつフィクショナルな男女関係を遣る瀬なく描いていて,感銘を誘うんである。

「でも,豊田新地なんて風俗街は,俺は聞いたことがないな」とふと漏らすと,一緒に観ていた娘がすかさず iPhone で調べて,「それって,この,飛田新地ってとこのことじゃないかな?」と言った。そや,飛田新地 — 天王寺のすぐそばの,表向きは料理屋,その実体は料理だけでなく女も食わせてくれる,ちょんの間風の,えらい昔気質の銘酒屋(私娼)の街やで。飛田新地なら,俺もガキのころから噂だけはよう知っとる。

『ミナミの帝王』では,実在の名前だと差し障りがあると考えたのか,架空の名になっていたようである。大正時代かと思われるような古めかしい町並みがなんともノスタルジックな風情をもって描かれていた。なんとも樋口一葉『にごりえ』の世界のような絵に思われた。大阪という地は,ホント,奥が深い。また,『ミナミの帝王』の公平は,いまは反原発国会議員の代表的存在になった山本太郎の芸歴のなかでひときわ光る役だったと思う。

なんでも,大阪市長・橋下さんはこの飛田新地料理組合(そう,「料理」の組合なんや)の顧問弁護士だったとか。ホンネとタテマエの使い分けのじつにうまいのには理由があるわけである。俺はこれを皮肉で言っているのではなく,むしろ,地に足の付いた人物に対する最大級の賛辞のつもりである。俺は橋下さんは男として好きなタイプなんである。

しかし,いわゆる従軍慰安婦問題を巡る彼の発言(「そんなのどこの国でもやっている」に類する,悪いのは俺だけじゃないというノリ)は,その真意は別として,敵(韓国政府)を利する極めて不用意な失態だったと俺は思っている。この「いわゆる」従軍慰安婦問題(実際は,客から金を受け取っていた戦時売春婦として根拠のない賠償請求事案)についても,飛田新地料理組合顧問弁護士の経験を活かして,タテマエを通すべきだったのである。