樋口一葉『大つごもり』,新年未

2015 年・未の年になった。あけましておめでとうございます。今年も寝正月か。

2014 年の大晦日。家族四人揃い,久しぶりに蟹を食った。年に一度の贅沢(誇張ならず)。川崎・南町の蟹料理屋・かに道楽は予約が取れず,横濱・伊勢佐木町にまで出向いた。南町といい,伊勢佐木町といい,昔から岡場所(要するに,風俗店舗密集の歓楽街)である。かに道楽もこういうところに店を構えるところ,考え方が古風なんだろうな。

蟹すきを食いながら,先日読んだ樋口一葉『大つごもり』のことを考えた。俺みたいな普通のサラリーマンでも日頃それなりに倹約しておればボーナスの出た年末に蟹ぐらいは家族に食わせることができるわけだが,一葉の『大つごもり』に登場する女主人公・お峯の係累は,年末の借金返済の工面に汲々として,幼い子供にも稼業の無理な手伝いをさせてさえいる。富貴ならずとも,貧困だけは避けなくてはならぬと痛いくらいに思わせられる。

大つごもりはお峯の育ての恩人・伯父夫婦の借金返済期限であり,二円が工面できなければ彼らはにっちもさっちも行かないことになる — この追い込まれた事態がお峯に,奉公先の引出しの二十円入り封印から二円をくすねさせてしまう。家の御新造がその封印を確かめようとし,お峯は盗みが露見する罪悪感から舌を噛み切って死ぬるかと覚悟を決める。果たして,家の放蕩息子・石之助が封印ごと持ち去って「拝借致し候」との書き置きを残してあった。石之助の行為によってお峯の罪の詮議がなされずに物語は終わる。罪が別の罪で覆い隠されるどんでん返しが面白いのだが,「お峯さん,助かってよかったね」ではすまされない,貧困に喘ぐ者の罪・その罪悪感の哀れさ,寂寥感に,読者は打ちのめされる。

ところで,石之助の性格造形はちょっとアンチ・ヒーロー風で興味深い。彼は,総領息子でありながら継母との関係で疎まれ,家督を継がせてもらえないことへの不満から,十代半ば以来,思いのままに道楽を尽くす放蕩息子である。一方で「男振にがみありて利発らしき眼ざし,色は黒けれど好き様子とて四隣の娘どもが風説も聞えけ」るような,苦みばしった,頭のよさそうな色男でもある。彼は遊ぶ金をせびりに実家に帰ったわけだが,どうも,お峯の盗みを感知した上で,気を利かせて,その罪を覆い隠すように残り金すべてをくすねていったようなところがある。だって,すでに金をせびる目的は遂げたはずなのに,こちらも拝借などとわざわざ書き置きまで残して自分の仕業であることを言明しているからである。

樋口一葉の作品に登場する男はぞっとしないのが多い。そのなかで石之助は,思うに,ちょっと粋なワルの風情によって,暗澹たる作品にほろ苦い笑いを添えてくれる珍しい登場人物である。