12 月 29 日,今年も仕事納めとなった。顧客の多くが金曜日に御用納めだったし,連休と年末・年始休暇に挟まれた日だったので,年休を取得する担当者がたくさんいたわけだが,主任クラス以上の者は予算編成で悪あがきする日でもあった。予算会議が終わり,納会が始まるまでの小憩に,事務所近くの神社にお詣りすることにした。日本橋兜町にある日枝神社日本橋摂社である。
このお社は,東京証券取引所正面から少し南に向かって歩いたところ,東京証券会館の裏手にある。文字通り,日本のウォールストリートのどまんなかである。天を仰ぐ珍しい姿をした狛犬と,数々の証券会社から寄進を受けたお稲荷さんがあり,日本の金融・経済の興隆を見守っているのかも知れない。誰もいない本堂で,今年もとりあえずは息災だったことを感謝し,来年の恙無きを祈念した。
日枝神社日本橋摂社,東京都中央区日本橋兜町
本日の一冊。ミルチャ・エリアーデ『ホーニヒベルガー博士の秘密』(直野敦・住谷春也 共訳,福武書店,1990 年)。
ミルチャ・エリアーデ(1907-1986)は,インド哲学,宗教学,文化人類学に関心のある学徒にとって権威的存在である。私もまずは『聖と俗 — 宗教的なるものの本質について』(風間敏夫 訳,叢書ウニベルシタス・法政大学出版局,1965 年)を読み,宗教学者としてのエリアーデの業績に触れ,彼の該博な学識と学問的鋭敏に打たれたものである。しかしながら,一方でエリアーデは永い米国亡命生活のなかで母国語・ルーマニア語で多くの小説を発表した小説家でもあり,中篇小説『ホーニヒベルガー博士の秘密』もそのひとつ。彼が祖国を去って米国に亡命した 1940 年に書かれた。
ヨーガなどのインド思想・秘術の研究者・ホーニヒベルガー博士の伝記を書こうとしていたゼルレンディ医師が,著作の半ばで失踪してしまい,主人公である「私」はゼルレンディ夫人からその継続を依頼され,アルヒーフを探索するうちに,神秘体験の数々をサンスクリット文字で綴ったゼルレンディ医師の暗号日記を見いだす。作品は,インドの宗教,医術,秘儀に関する専門的内容を詳説しながら,ゼルレンディ医師が透明化や時空移動の秘術を身につけた挙げ句に消失したことを語る。ゼルレンディ夫人,娘スマランダが「私」を知人とは認識しない終局の語りによって,ホーニヒベルガー博士,ゼルレンディ医師,そして「私」の三者が神秘体験の共有をめぐって同種のパラレルワールドを生きていたかのような,現実と幻想との不分明の怪しさを印象づけて終わる。
エリアーデの作風は,私の読んだ限りで言えば,この『ホーニヒベルガー博士の秘密』のように,学問的指向をもつ西洋的精神が研究対象の東洋の神秘思想・秘術と合一し,その神秘的体験がリアルかつ精密に記述されたファンタジー,とでもいうようなものである。東洋のオカルティズム好きには堪らない,そういう味わいがある。