今日で年末年始休暇もおしまい。バッハの Musikalisches Opfer アナログレコードに針を落とし,コーヒーを啜りながら,書斎の窓から午下がりの外気を浴びた。カップの褐色の面に深い青空が揺れていた。漢詩・七絶を一首捻ってしまった。RICERCAR と題す。現代語訳・ヘタな英訳も付けておきます。
RICERCAR 新春ノ詠 — 功散人, Jan. 5 2014.
映珈琲面彼蒼濃珈琲 ノ面ニ映ジテ彼蒼 濃ク
巴赫満房鍵卡農 バッハ 鍵ノカノンモテ 房ヲ満タス
時世流遷人意亂 時世 流レ遷ロヒ 人意亂ル
樂音渦上夬雲峰 樂音 渦ト上リテ 雲峰ヲ夬 カツ
珈琲の褐色面の向こうに 青空が濃く映じ
バッハの鍵盤 カノンが部屋を満たす
時流れ 世変わり 人心は乱れ行く
楽音は渦のように昇り 雲の峰を分けて行く
The blue sky on the surface of coffee
My cabinet filled with Bach's Canon
The time's passed, the world's been renewed, opinions shaky
Strains by keyboard curling up and moving clouds
(1) 詩格: 七言絶句平起式平韻正格
(2) 韻字: 濃・農・峰(上平聲二冬)
拙作のツール「misima 漢詩作成支援 - 平仄音韻分析・詩語検索・漢字平仄検索」にて創作
「珈琲」というのはオランダ語起源の外来語に日本人が宛てた漢字である。現代中国語では「咖啡」という字を使う。本来なら中国人のマナーに従うべきなのだろう。しかしながら「咖」字は中国語の音写用の文字であって平仄が詳らかでないこと,「啡」字は元来「ペッペッと唾を吐く」字訓であって汚らしいことから,「咖啡」をとらず,和臭ぷんぷんの「珈琲」を使った。巴赫(バッハ),卡農(カノン)は音写中国語である(ただし,中国では通常「農」には簡体字「农」が用いられる)。
この漢詩を LaTeX で組版した画像と LaTeX 原稿も掲載しておく。
% -*- coding: utf-8; mode: latex; -*- % 七絶 2012.1--2014.2 % $Id: shichizetsu.tex 11 2014-01-05 12:11:55Z isao $ \documentclass[12pt,b5paper]{tarticle} \usepackage[T2A,T1]{fontenc}% \usepackage[russian,japanese]{babel} \usepackage[deluxe,expert,multi,jis2004]{otf}% OTF 和文(齋藤氏) \usepackage{sfkanbun,furikana}% 漢文訓点・縦組振仮名パッケージ(藤田先生) \usepackage{plext}% pTeX 縦組拡張 \usepackage[osf,swashQ]{garamondx}% Garamond font \newcommand{\saku}[3]{\normalsize #1 #2, #3.}% \newcommand{\cpright}{% \hfill\copyright\ \raisebox{0.308em}{2012--2014, \textit{isao yasuda.}}}% \pagestyle{empty} \begin{document} ~\par \begin{kanshiyomi}{10zw}{20zw} \daisakushai{RICERCAR 新春詠}% {\hfill\saku{Jan.}{5}{2014}} & \hskip1zw RICERCAR 新春ノ詠 \cr % \kundoku{映}{}{ジテ}{二}珈\kundoku{琲}{}{ノ}{}\kundoku{面}{}{ニ}{一}彼蒼% \kundoku{濃}{}{ク}{} & \Kana{珈,琲}{コオ,ヒイ}ノ面ニ\kana{映}{エイ}ジテ \Kana{彼,蒼}{ヒ,サウ}% \kana{濃}{コ}ク\cr 巴赫\kundoku{滿}{}{タス}{三}\kundoku{\CID{14035}}{}{ヲ}{二}\kundoku{鍵}{}{ノ}{}% \CID{14369}\kundoku{農}{}{モテ}{一} & BACH 鍵ノCANONモテ \kana{\CID{14035}}{バウ}ヲ\kana{滿}{ミ}タス \cr 時世\kundoku{流}{}{レ}{}\kundoku{\CID{13888}}{}{ロヒ}{}人\CID{13639}% \kundoku{亂}{}{ル}{} & \Kana{時,世}{ジ,セイ} \kana{流}{ナガ}レ\kana{\CID{13888}}{ウツ}ロヒ % \Kana{人,\CID{13639}}{ジン,イ}\kana{亂}{ミダ}ル \cr 樂\CID{13664}\kundoku{渦}{}{ト}{}\kundoku{上}{}{リテ}{}% \kundoku{夬}{}{カツ}{二}雲\kundoku{峰}{}{ヲ}{一} & \Kana{樂,\CID{13664}}{ガク,オン} \kana{渦}{ウヅ}ト\kana{上}{ノボ}リテ % \Kana{雲,峰}{ウン,ホウ}ヲ\kana{夬}{ワ}カツ \cr \end{kanshiyomi} \vspace{2zw} \begin{quote} 珈琲の褐色面の向こうに 青空が濃く映じ\\ バッハの鍵盤 カノンが部屋を満たす\\ 時流れ 世変わり 人心は乱れ行く\\ 楽音は渦のように昇り 雲の峰を分けて行く \end{quote} \cpright \end{document}
冬の寒い日にバッハの『音楽の捧げもの』を聴くと,気持ちが引き締まると同時にこころが暖まる。学生時代,凍てつく外気に晒されて外回りのアルバイトをしたとき,ウォークマンで『音楽の捧げもの』を聴きながら札幌の街を彷徨した,その記憶が甦る。Johann Sebastian Bach - Musikalisches Opfer, BWV 1079. Bartold Kuijken, Traversflöte; Sigiswald Kuijken, Barockvioline; Wieland Kuijken, Viola da gamba; Robert Kohnen, Cembalo; Gustav Leonhardt, Leitung und Solocembalo; 独 SEON 輸入盤。1973 年の録音。バッハ室内楽演奏はグスタフ・レオンハルト,クイケン兄弟によるものが私にとっていまだに最高である。SEON レーベルは現在はソニーに吸収されてしまった。
Regis Iussu Cantio Et Reliqua Canonica Arte Resoluta (王の命により主題と付属物はカノン様式にて解けり — バッハが『音楽の捧げもの』譜面の扉に記したラテン語。頭文字を取ると RICERCAR となる)。