昨夜は,桜木町の顧客との打合せのあと,新人を赤坂に呑みに連れ出した。先日,直前に顧客に呼び出され新人歓迎会をドタキャンしてしまったので,その仕切り直しということで。今年は早稲田,慶應の理工学部を出た修士二名と福岡の工業高校を出た高卒一名,計三名がわが部に配属されて来た。うちのプロジェクトに来たのは高卒の初々しい男子である。
それにしても,自分の娘と同じ歳の若者が私の忙しい職場でこき使われ仕事で揉まれている姿を見るにつけても,己の暢気な子供たちが情けなくなる。勉強をするなんて気持ちは微塵もない子供を大学に入れてしまったのは,よかったのか,どうか。それはもはや子供たち自身の問題だ。ま,それはそうとして,高卒新人を優秀な IT エンジニアに育てること。
ネットオークションに出品していたラヴェルの管弦楽曲集のアナログレコードに買手が付いた。1984 年に LONDON レーベルから出たもの。バレエ音楽『マ・メール・ロア』,『亡き王女のためのパヴァーヌ』,組曲『クープランの墓』,『優雅で感傷的なワルツ』の四曲を収録している。シャルル・デュトワがモントリオール交響楽団を指揮した名演である。
もともと英国 DECCA レーベルの盤なのだが,日本国内盤として発売されるに際して,レコードジャケットが村上昴による物語性に富む優美なイラストで飾られた。私のコレクションのなかでもとくに美しい盤なんである。30 年に亘って聞込んで来た盤でもあり,青春の感傷がこびり付いている。でも,CD でも所有しているし,もう,酒手に換えてしまえ。ま,とにもかくにも,「お別れに」もう一度針を落として聴いた。
お気に入りは『マ・メール・ロア』,『亡き王女のためのパヴァーヌ』。ラヴェルは色彩豊かなオーケストレーションにおいて古今の大作曲家のなかでも眼を見張らさせられる魔術師である。
『マ・メール・ロア』第六曲「妖精の国」は,溜め息が出るほど美しい。緩やかで静かな弦楽。ハープとチェレスタの伴奏の上に艶やかに立ち上るヴァイオリン・ソロ。これを聴くとなぜか,まったく関係ないのに,幼いころ観た『リボンの騎士』(1967-1968 年放映。手塚治虫原作)を思い出してしまう。
Ma Mère l'Oye - VI. Le jardin féerique (妖精の苑) より
女主人公・サファイアは,王位継承問題ゆえに男装し王子として振る舞っていたが,隣国の美しい王子に出逢い,少しずつ女性らしい感情を顕して行く。男の子として育てられ日常的に男の子の恰好をした高貴な女の子が,お忍びで庶民の娘に「女装」して街に出て羽を伸ばすうち,高貴な男の子に見初められ,女の子としての本来の感情が芽生えてしまう。サファイアは — 観るものにとってはじめて — さめざめと涙を流す。
恋と知らずに恋してしまうという心の動きが — 子供向け TV アニメだったのだが — 子供心にも感動的だった。こんな夢のような麗しい逆説的真実が魅惑的だった。
いや,もう,こんな泣けて来るお伽話のような夢物語,ほのかな恋物語にラヴェルはぴったりなんである。いま再び『リボンの騎士』を観てもおそらくかつての感動を覚えることはなさそうだが,ラヴェルの『マ・メール・ロア』は,マドレーヌを紅茶に浸して口にしたときプルーストに甦って来た過去のように,幼いころの感動を沸立たせてくれる。いや,これ,ラヴェルの音楽とは本質的に無関係で,個人的な戯言である。
CD では以下が入手可能である。ただし,この CD 盤では『亡き王女のためのパヴァーヌ』の代わりに『古風なメヌエット』が収録されているので,曲目は LONDON アナログ盤と同じではない。
モントリオール交響楽団
ユニバーサル ミュージック クラシック (2009-05-20)