白居易の艶詩

涼風至る立秋初候にして暦の上では秋となるも,褥暑烈し。今週,私は夏期休暇。なのに昨日は,先週発生したシステム障害の後始末のために,桜木町の顧客を訪問しなければならなかった。

顧客事務所は桜木町・みなとみらいにある。ランドマークタワーが聳え,一流企業(そう,私の顧客のような日本を代表する企業)の高層ビル,お洒落なショッピングモール,美術館などが犇めく,横浜の文化的象徴のようなハイソな空間である。私は打合せ時間より一時間ほど早めに駅舎に降り立ち,JR 桜木町駅線路を挟んでみなとみらいの反対側にある,野毛,日ノ出町,福富町,伊勢佐木町を少し歩いた。この界隈は,にぎわい座(寄席),JRA 場外馬券売り場,ストリップ劇場,ピンク映画館(箱が二つあって,ひとつはなんと男色ポルノを上映している!),ソープランド街,雑多な飲食店街があり,横浜の淫靡な歓楽街なんである。先日歩いた新橋と違って清潔感に溢れているのは,やはり横浜の異国情調ゆえか? 障害報告を行い,顧客にガミガミ虐められたあと,野毛の居酒屋でサバサバと呑んで帰る。

かような次第でクタクタになって帰宅したんだけど,ネット動画(断っておきますが,エロ動画じゃなく,サッカーや音楽の YouTube 動画ですよ!)を観て思わぬ夜更かしをしてしまい,休みなのをいいことに午過ぎまで寝ていた。娘がボーイフレンドとかき氷を食うのを横目に,トーストとコーヒーで軽い食事。暑くて散歩に行く気力もなく,脱力感のうちに書斎にて読書。

本日の一冊は中國詩人選集13『白居易 下』,1958 年,岩波書店刊。中国の偉大な詩人・白居易の二巻本選集の下巻である。かの『長恨歌』,『琵琶行』などの名作以外の,まだ読んでいなかった律詩・絶句を拾い読み。当然ながらというか,『竹枝詞』と題した二首など,白居易も艶っぽい詩を書いている。竹枝詞とは,もともと揚子江・峡谷一帯地方で謡われた俗曲の謂いなのだが,漢詩の伝統のなかでエロティック詩ジャンルとして定着している。次の七絶『題峽中石上』も竹枝体だと私は思う。

 題峽中石上    峡中の石上に題す
 
巫女廟花紅似粉  巫女廟の花は紅なること粉(ふん)に似
昭君村柳翠於眉  昭君村の柳は眉よりも翠(みどり)なり
誠知老去風情少  誠に 老い去りては 風情の少なきを知るも
見此爭無一句詩  此れを見ては 争(いか)でか一句の詩無からんや
中國詩人選集13『白居易 下』高木正一 注,岩波書店,1958 年,166 頁。

「巫女」とは,ここでは,かの巫山の雲雨の神女のことである。中国と日本の古典において「巫山の雲雨」とは,男女の情交を示す。雲雨に濡れるということで,「濡れ場」なる表現の出所もこれである。花と柳の言及を,白居易先生が折花攀柳あそばされたことの暗示と私は解釈する(岩波選集の語釈ではエロティシズムについてまったく触れていないのだが)。

春情にかられると老い衰えてもなお詩心を催す,というのが面白い。昭和になって老いにより欲情も創作意欲も衰えた永井荷風は,玉ノ井の銘酒屋(私娼家)に美しい娼婦を見出して,俄然「風情」(ここでは,浮いた情念)を掻立てられ,最高傑作『濹東綺譚』を書いた。白居易のこの詩は,思うに,荷風の老年の回春に通じるものがある。