水邊ノ苑ニ樂音ヲ聽ク

アントン・ウェーベルンが室内オーケストラのために編曲したバッハの RICERCAR を聴きながら,秘籍・江戸文学選巻六『医心方・房内』を読んでいた。ふと,玄溟に溺れる心地がし,漢詩を捻る。題して「水邊ノ苑ニ樂音ヲ聽ク」。我ながら何を言っているのかさっぱりわからない。噫。

   水邊ノ苑ニ樂音ヲ聽ク
 
  瞪罌栗苑啜淸泉  罌栗ケシヱンミツメ 淸泉ヲスス
  聽白面孃琴與絃  白面ノ孃ノ 琴ト絃ヲ聽ク
  虛空蝶飜唆翡翠  虛空ニ蝶ハ飜リ 翡翠ヒスイソソノカ
  如將沈死洞中淵  將ニ 洞中ノ淵ニ沈ミ 死セントスルガ如シ
 
 罌栗の花苑を見つめ 清らかな泉を啜り
 白面の女人の弾く 琴絃に聴き入る
 蝶は虚空を舞い 翡翠(かわせみ)を誘う
 あたかも 暗い洞の淵に沈められて 死ぬ思いがする
 
(1) 詩格: 七言絶句平起式平韻正格
(2) 韻字: 泉・絃・淵(下平聲一先)
拙作のツール「misima 漢詩作成支援 - 平仄音韻分析・詩語検索・漢字平仄検索」にて創作

LaTeX でこの漢詩を組版した画像と原稿を以下に示す。

zekku-05-suihennosono.png
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% 七絶 2012.1--2014.2
% $Id: shichizetsu.tex 11 2013-05-31 12:22:55Z isao $
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\usepackage[deluxe,expert,multi,jis2004]{otf}% OTF 和文(齋藤氏)
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  \hfill\copyright\ \raisebox{0.308em}{2012--2014, \textit{isao yasuda.}}}%
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\begin{document}
~\par
\begin{kanshiyomi}{10zw}{24zw}
\daisakushai{水邊苑聽樂\CID{13664}}%
{\hfill\saku{June}{1}{2013}}
& \hskip1zw \Kana{水,邊}{スイ,ヘン}ノ\kana{苑}{ソノ}ニ樂\CID{13664}ヲ%
\kana{聽}{キ}ク \cr
%
\kundoku{\CID{14882}}{}{メ}{二}罌栗\kundoku{苑}{}{ヲ}{一}%
\kundoku{啜}{}{リ}{二}\CID{08521}\kundoku{泉}{}{ヲ}{一}
 & \Kana{罌,栗}{ケ,シ}\kana{苑}{ヱン}ヲ\kana{\CID{14882}}{ミツ}メ %
\Kana{\CID{08521},泉}{セイ,セン}ヲ\kana{啜}{スス}リ \cr
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\kundoku{飜}{}{リ}{}\kundoku{唆}{}{ス}{二}翡\kundoku{\CID{7712}}{}{ヲ}{一}
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\kundoku{如}{}{シ}{レ}\kundoku{將}{}{ニ}{三}<ルガ>\kundoku{沈}{}{ミ}{\ongofuni}%
\kundoku{死}{}{セント}{}洞\kundoku{中}{}{ノ}{}\kundoku{淵}{}{ニ}{一}
 & \kana{將}{マサ}ニ \kana{洞中}{ドウチユウ}ノ\kana{淵}{フチ}ニ沈ミ 死セントスルガ%
\kana{如}{ゴト}シ \cr
\end{kanshiyomi}
 
\vspace{2zw}
\begin{quote}
罌栗の花苑を見つめ 清らかな泉を啜り\\
白面の女人の弾く 琴絃に聴き入る\\
蝶は虚空を舞い \kana{翡翠}{かわせみ}を誘う\\
あたかも 暗い洞の淵に沈められて 死ぬ思いがする
\end{quote}
\cpright
\end{document}
 
pLaTeX2ε入門・縦横文書術
藤田眞作
ピアソンエデュケーション

バッハの六声のリチェルカーレは「音楽の捧げもの」BWV 1079 の一曲である。バッハはフリードリヒ大王に捧げたこの曲集の扉にラテン語でこうしるした。Regis Iussu Cantio Et Reliqua Canonica Arte Resoluta (王の命により主題と付属物はカノン様式にて解けり)。頭文字を集めると RICERCAR (リチェルカーレ)となる。循環ということに思いを巡らせられてしまうこの謎めいた名曲に相応しい題銘である。

リチェルカーレ:バッハ、ヴェーベルン作品集
クリストフ・ポッペン(Dir)
ミュンヘン室内管弦楽団
ヒリヤード・アンサンブル
ユニバーサル ミュージック クラシック (2003-05-21)