日本維新の会の橋下徹共同代表が「戦時中の慰安婦制度は必要だった」と発言したことで,騒然となっている。橋下さんの政治家としての器量を私も高く買うひとりだが,今回はちょっと脇が甘くないか。慰安婦制度は管理売春制度である。これは実際問題として否定できない。日本は古くから公娼制度が高度に発達していた歴史的背景にあって,軍に性病が蔓延するよりも業者の衛生管理された売春機構を「暗に」頼んだのは,善悪はおいて,軍の組織運営方式として合理的に理解できる。その歴史,過去の倫理観・人権観をきちんと解明し説明し,現在の人権尊重の立場との違いを明確に発信しなければならないのに,橋下さん発言のニュースからは,そのプロセス抜きに,外堀を埋めずに,「きれいごとではなく現実を直視すべきだ」だの,「必要だった」だのばかりが伝わって来る。いわんや海外のマスコミの報道は推して知るべしである。
女性の人権問題のなかでも,とくに売春について,これを曲がりなりにも是認する考え方は(「必要」とは「なくてはすまされないこと」ということである),今般の潔癖性的日本の国内は言うに及ばず,先進諸国だけでなく(オランダなどのような,いまだに売春が合法である国もありますが),世界のどこに行っても通用しない。もちろん,橋下さんは決して売春制度を是認・肯定しているわけではなく,韓国・中国が世界に向けて悪意を持って発信している日本慰安婦問題糾弾に対する愛国的反駁の一環として,「歴史」のある過程において「必要だった」と指摘しているのだろうが,外堀を埋めずして政治家がこれを口にするのは,むしろ敵に利するというものである。この発言は一部分だけ取り出されて全世界に流される。「日本人というのは,ヤクザやゴロツキだけではなく,他者の権利を守るべき元弁護士の,社会的地位も責任もある,橋下徹のような有力政治家さえもが,売春制度を是認している,とんでもない奴らばかりだ」— こうなるのは目に見えている。橋下さんの発言は日本の国益を思うあまりに国益を決定的に毀損する。
従軍慰安婦問題はいまや世界からわが国史の恥部に祭り上げられてしまっている。それを,「必要だった」などとは絶対に,かりそめにも,口にしてはならないのである。「どこの国だって軍と娼婦はつきものだ」,「軍人の性的はけ口は必要なんだ」,「韓国軍だってベトナムで同じことやってたじゃねえか」なんて,「現実直視」を気取って開き直るととんでもないことになる。政治家がこういう人権問題で,「現実はそんなものだし,あいつだってやっているではないか」なんて口にするのは,ただの言訳にしか聞こえないし,なにより品性下劣であり,人間性にすら疑いをもたせてしまう。こんな卑劣な人間が拉致問題がどうのこうの文句を言えるのだろうか,自分の行いは棚にあげてよく言えるよ,と。
思うに,米国やオーストラリアが拉致問題について日本に対して冷淡なのは当然である。韓国は米国ロビーに慰安婦問題を "sex slaves" という英訳で誇大にインプットしている。拉致するのと,性の奴隷にするのと,どっちが卑劣だろうか。そういう目線で日本は見られているのである。2007 年に米国で従軍慰安婦問題対日非難決議案が可決された。これは米国人の端的な見方であるともっと深刻に受けとめないといけないのに,当時の安倍首相は「制度売春としての狭義の強制はなかった」と,なんとも「官僚的」な文言でもって,「言訳」し,要するに「従軍慰安婦ってのは売春婦たちが勝手に軍に付いて行っただけだった」と開き直った。その後米国訪問したものの,ブッシュに冷たくあしらわれ,就任後一年たらずで首相を辞任。首相に返り咲いた今回の訪米でも安倍さんは,ブッシュよりも何倍も潔癖なオバマに白眼視されて帰って来たのではなかろうか。「sex slaves は自由選択だった」と言い逃れするヤツだと安倍さんはオバマに思われているはずである。そこへ,この橋下発言。日本人って野郎は語るに落ちると思われてもしようがない。
「必要だった」のなら,自分の母が,妻が,娘が,仮に,たとえ,生活に困って苦渋の挙句に仕方なしに「自由選択」としてなしたことであったとしても,慰安婦として軍の行くところに連れ行かれるのに,橋下さんは耐えられるのだろうか? 本件は,そういうことが問われているのである。「どこの国だってやっているのに,きれいごと言うなよ,必要悪なんだよ」なんて問題を他人事のように(何故なら自分の母が,妻が,娘が風俗業とは関りのない世界にいるからこそ口にできる,最低の,差別的発言だからだ)軽んじて嘯いていると,世界の良識から「日本人は人間として最低だ」と思われてしまいかねない。安倍さんもこの問題でまた足下を掬われるのではないかと私は大いに心配である。またこんなつまらないことが「政局」になってしまうのではないかと心配である。橋下さん,脇が甘くありませんか!
良識ある大人なら,仮にかげでこそこそ女を買っていても,絶対に売春を是認してはならないのである。「現実認識」とはそういうことである。私は接待で吉原ソープランドに顧客をたんとお連れしたが,それはそれ。売春は人権問題上の悪であり,私はこれを絶対に是認しない。江戸吉原遊郭は粋で華やかな江戸文化の舞台・源としてこれ抜きにはその豊かさを酌み尽くすことができないが,それはそれ。貧しい農村の子女が一家の生活のために売られて来ることで成り立っていた吉原遊郭は,それでもやはり「苦界」であったわけで,それを是認・肯定するなんて私は絶対にしない。どんなにいいことがあっても,認めてはならないことは認めてはならないのである。
2013.5.19 付記
上記の私の意見を,「単なるホンネとタテマエだ」というバカがいるかも知れない。この問題の本質は「ホンネとタテマエ」なる日本人独特の表裏なんぞではなく,パブリックとプライベートの区別にこそある。認めてはいけないことは,プライベートは別として,パブリックの場において認めてはならない,ということである。
Yahoo! ニュースなどに付いた facebook コメントなどを見ていると,韓国政府による従軍慰安婦反日キャンペーンにいらだつバカたちが,例によって愚かにも,橋下さんを擁護している。橋下さんの発言がいかに愚かなのか,この人たちにはなぜわからないのだろうか。「昨日の夜オレ,XXちゃんのビデオを見ながらセンズリを3回やっちゃいました。みんなもやってるよね! オレだけじゃないよね! だってXXちゃんカワイイじゃん! それが現実だよね! きれいごとはやめようぜ!」みたいなことを,テレビで,政治家が,真面目に,記者団に話しているのを見ると,普通の良識の持ち主ならどう思うだろうか? 橋下さんの発言の本質は,海外の良識ある人(日本人の性倫理観の通用しない国際世論)にはこれとまったく同じに受け取られるようなシロモノなのである。エロビデオを見て何しようが,プライベートでこっそりやっているのは,ま,感心しないけど,かまわない。でもそれを,公的な場で,公的な立場から言われると,発言者の人格を疑うはずである。このバカコメンターたちはそんなこともわからない愚者らしい。こういうのを公私の区別のできないお子ちゃまというのである。
橋下さんの発言は,米国政府要人からも痛烈な批判を浴びた。同盟国からも呆れられているわけだが,ここまで来ると,この「事案」はわが国の国際的立場をあらゆる局面で悪くする。なにせ人間的な不信感を煽るのだから。わが国の国益を決定的に毀損する。橋下さんにとって「国賊」と非難さえされてしかるべき事態になってしまった。政治生命すら危うい状況である。