日輪閣が 1976-1977 年に出版した『秘籍 江戸文学選』全 10 巻を古書で購入した。匣入り・ハードカバー・クロス装丁の上製本である。永井荷風を読むうちに,お江戸の人情本が欲しくなってしまった。この選集は,しかしながら,江戸の艶本ばかりを集めたもののようで,よって「秘籍」という銘がある。現代語訳と原典とを併載している。岩波古典文学大系本には収録されないような作品ばかりである。
入手してすぐ,第一巻所収,会津藩士・沢田名垂(なたり)著『阿奈遠加之』(あなをかし)を読んだ。江戸三大奇書のひとつに数えられている,歌物語風の艶笑潭である。そのなかで爆笑させられた一編の現代語訳を,少し長い引用になるが,掲げておく。
男莖形(おはしがた)といって,玉莖〔陰茎:私註〕の形をまねて作ることは非常に古く,神代からのことで,石でも木でも作り,はじめは神事だけに用いられたのを,奈良朝になって,高麗百済の職人たちが,呉という国から多く売りだされる水牛というものの角で作りはじめたのは,外観もきわめて美しく,綿を湯に浸して,その角の空洞のところへ挿入すると,温かに柔らかくふくらみ,実物とさほどの違いがないので,宮仕えの官女たちなどが,ひどく珍しがって珍重した挙句,男がするという皮つるみ〔せんずり:私註〕ということを女もして見ようと思って,早速その道具ばかりを用いるようになった。そのため,やや古い時代には,角のふくれなどと歌にも詠んでいる。いつの頃だったか,大蔵卿なにがしという人がいた。日ごろつれなくあたる官女に,なんとか云い寄ろうと思って,その男莖形を,並よりはだいぶん大きめに作らせて,そっと贈った。しかし下手をすると,返してよこすかも知れないと心配していたところ,そんなこともなかったので,ひどく喜び,夜更けに忍んでいった。その寝所を窺ってみると,燈火もついてなく,月だけが心細く照っているだけだったが,布団をさらさらと鳴らして,苦しげな息づかいの音が聞こえたので,これはうまくいったわいと喜び,細殿の障子をトントンと打ちなさると,返事はしないが,物音が聞こえなくなったので,ひどく小声で,
軒端もる月にや喘ぐ呉の牛の
角のふくれに忍び逢う夜は
といって,相手を驚かせた。その後はどうなったことやら。今の世の宮仕えの女も,こういうわざをしないわけではなかろうが,ひどく恥ずかしいことに思って,表面にはさっぱり出さないのでわからない。密夫などをもった女が,浮名が立つのもいとわない様子なのはひどく厭らしいことだ。
『秘籍 江戸文学選』巻一,『阿奈遠加之』より,日輪閣,1976 年,78-9 頁
「男もすといふかはつるみといふことを,女もしてみんとて,やがて其具にばかり用ひ給ひしなり」なんていう『土佐日記』の捩りなどもあり,大笑い。この他にも面白い噺があれば,ここでも紹介したいと思う。この選集は,古書でもかなり安価に出回っているので,わが国のエロ古典に関心のある方は,ぜひ手に入れて堪能いただきたい。