風邪・猫と戯る・荷風

昨日来,喉に痛みを覚え,今日は朝から熱っぽく,午前中の会議が終わったところで悪寒,頭痛,喉痛堪え難く,午後予定のないことを幸い,早退した。帰宅して少し寝た。リビングであり合わせの食事を摂り,本を読んだ。ここのところ通勤電車で毎日少しずつ読んでいた永井荷風『断腸亭日乗』を読了。

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座椅子に胡座を掻きながら本を読んでいると,わが家の二匹の猫,雌雄姉弟のアリスとテレス,別名,さくらと一郎がニャーニャーちょっかいを出して来る。猫は,こちらから呼びかけてもまったく無視するのに,こちらがなにごとかにかかずらって無視を決め込むと,却ってこうである。弟猫は私の膝に乗って来てひとくさり足踏みしてから,丸まって居眠りをはじめた。

永井荷風は戦前,戦中と,軍人が威張っている世の中を憎悪した。いきおい『日乗』からは,常にブツクサ託っている孤高狷介の気風が読み取れる。しかし,一方で荷風は,物資不足が極まるなか近隣の人たちから炭や食糧を世話してもらい,地域のコミュニティあってこそ生き長らえたようである。彼は今で謂う孤独死に近い死に方をしたわけだが,死の直前においても近所の仕立て屋のオヤジが頻繁に荷風を訪れていたようである。ちょっと意外だった。

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岩波 荷風全集 巻十二

戦後のドタバタにあって,荷風は復興の浅草六区・ロック座を足繁く訪れ,ストリップやレビューに興じたようである。当時の浅草ロック座は,ストリップだけではなく劇も演していたようで,荷風の『渡鳥いつかへる』(昭和二十五年,『荷風全集』第十二巻所収)のような人情ものの戯曲を舞台にかけている。この作品には町医者が衣服を脱がせて街娼を診察する場面があり,想像するに,ロック座上演の際には相当なお色気演出があったのではないか。

七十を越えなおも春本を書いて「また老後の一興なり」と漏らす荷風。文化勲章を陛下から授けられたとの記述と,『四畳半襖の下張』の猥褻出版裁判に証人として召喚された旨の記述とが,何の違和感なく同居しているのは痛快ですらある。戦後の荷風先生の,水を得たようなエロ元気を見ていると,楽しく,哀しい。