書斎のレコードプレーヤのカートリッジを交換してから,ここのところアナログLPレコードばかり聴いている。バッハ,レーガー,シェーンベルク,ウェーベルン,武満徹などなど,ほとんどが学生時代に買い漁ったもの。主に20世紀の新しい音楽が私のコレクションを占めている。バッハは別格。クラシック音楽(「クラシック」な作曲家がひとりもいないのだが)を聴きはじめて三十年以上経ったいまも,新時代の音楽への愛好は変らない。
本日の一枚はシェーンベルクの木管五重奏曲作品 26。Arnold Schönberg - Quintett für Flöte, Oboe, Klarinette, Horn und Fagott op. 26 (1923-1924)。西ドイツの WERGO レーベルから出た 1967 年の古い録音で,演奏は Das Bläser-Quintett des Südwestfunks, Baden-Baden (Kraft-Thorwald Diloo, Flöte; Helmut Koch, Oboe; Hans Lemser, Klarinette; Karl Arnold, Horn; Helmut Müller, Fagott)。バーデン・バーデン南西ドイツ放送管楽五重奏団とでもいうのか,おそらく当時の南西ドイツ放送交響楽団・管楽器のトップ奏者たちによる素晴らしい演奏である。WERGO は現代音楽愛好家にとってはなくてはならないドイツのレーベルで,このレコードも四十年以上昔の録音とは思われないくらい,瑞々しい音響を備えた良質の録音である。作品における十二音技法の詳細を解説したブックレットも添付されているのだが,ドイツ語なので残念ながら私は読み解くことができない。学生のころはいつも金欠で,国内盤よりもより安価な輸入盤を購入したものである。
木管五重奏曲はシェーンベルクが五十歳になる 1923-1924 年に創作され,十二音技法を確立した記念碑的傑作といえる。作曲家の孫に献呈されている。いまの私と同じ五十。天命を知る天才は,なんと五十にしてまったく新しい音楽次元に踏み込み,構成概念を理論化するだけでなく実作においても奇蹟的な姿で形にした。そして,未来への期待を示すかのように孫に曲を捧げた(ナチ的子供世代ではなく,孫にというところが意味深長に思われるのは私だけか)。
本作品は,音列の変化,呼び交しに対し虚心に耳を澄ませ,己の音楽経験を解放しアコースティックの音そのものの官能を感じ取らないと,何が何だかまったく理解できないし,面白みもない。音楽を食べ物と勘違いしている者にとっては未知の物質を食わされているかのようなものである。天命を知らぬ私は,いまだに作品の構成上の妙味を頭では理解できないでいる。五つの楽器の音の異次元的官能だけで長らく癒されて来たばかりである。
シェーンベルクの未来的音楽を聴きながら,しこしこオークション出品を企んだ。この歳になると物欲が薄くなり,書斎のコレクションから本やレコードを金に換えて呑み潰すのも,それほど苦痛に感じなくなった。子供たちに遺すなんて気持ちもまったく失せてしまった(家以外はすべて呑み潰してやるつもりである)。もちろん青春の感傷が染み付いた品々なので手放すに抵抗がまったくないというわけではない。それが,「売れなくったって構わない」モードの,少々高めの開始価格設定に反映するわけだが — とくにソヴィエト時代に刊行されたロシア語文献などは,同じ商品を出品するライバルがまったくいないので,私が好きに値付けできる —,それでもしばらく気長に釣り糸を垂れているとポツポツ入札が入り,いつも手元不如意の私にとって,煙草代,酒債くらいにはなっているのである。もちろん,確定申告をしなければならないほどの売り上げはありませんけど。
今日は 1980 年代に ARCHIV レーベルから出たバッハのチェンバロ協奏曲のアナログレコード三枚を取り出して,若い人の手に渡るといいなと思いを込めながら出品。トレヴァー・ピノック率いるイングリッシュ・コンサートによる演奏のもの。オリジナル楽器演奏がカール・リヒター/ミュンヘン・バッハ管弦楽団を越えたと納得させてくれた録音。何百回と再生したアナログレコードだが,いまだに極上の音で鳴る。
シェーンベルクの木管五重奏曲作品 26 の,いま手に入るお勧め CD を挙げておきます。ウィーン・フィルの名手たちによる名演だと思う。1976 年の録音で,これもちょっと古いのだが。
Ulf Wallin のヴァイオリンと Roland Pöntinen のピアノによる編曲版(Felix Greissle, 1926)もなかなかよい。シェーンベルクのヴァイオリン作品として有名な Phantasy (1949) や世界初録音の Fragment for Violin and Piano (1927) も収録されているので,シェーンベルク好きは持っていて損のない盤だと思う。
Roland Pöntinen (Pf)
BIS (2005-07-19)