歩きながらマーラーの五番を聞く

今日も会社からの帰り歩いた。霞ヶ関・内閣府下交差点そばの事務所ビルから新橋まで,武蔵小杉で横須賀線を降車してから自宅まで,計約 5 キロ。歩きながら,携帯電話に入れた音楽を聞き,くだらないことを考え,妄想を逞しゅうした。いつものこと。今日のお伴はマーラーの五番のシンフォニー。この CD は,札幌にいたころ玉光堂で買ったドイツ・グラモフォン西独輸入盤である。Gustav Mahler - Symphonie No. 5. Giuseppe Sionopoli, Leitung; Philharmonia Orchestra. 1985, Deutsche Grammophon.

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先週末,衆議院は解散。12 月 16 日選挙となった。野田内閣はここ数十年の政権ではいちばんマトモだと思う。一方,この改選で民主党は大いに旗色が悪いのであってみれば,おそらく民主党政権は倒れると予想され,野田さんを支持するだけに残念である。おまけに,都税を沖縄県の無人島につぎ込もうと企てたどうしようもない石原軍団が国政に打って出るのかと思うと,また,ポックリ辞任してしまった元首相・二世甘ちゃん議員の自民党総裁(内閣総理大臣とは,総選挙で己の党が負けて追い落とされるか,激務の果てに死ぬか,その二者選択以外で辞めてはならない,そういう職務であることがまったくわかっていない甘い宰相が,日本にはこのたった十年で三人もいた — そのひとり)が懲りずに首相に返り咲くかも知れないと思うと,もうどうでもよいと私は半ば諦めている。この不況感,閉塞感では,威勢のいい奴が人気を取って当選し,強気の外交だとか何とか強がって見せて,国をさらに傾ける — そういう不安でいっぱいである。選挙の前に靖国神社に参拝し,亡霊を呼び起こしたい気分である。

顧客に酒を振る舞って(酒だけで,女色はありませんでした),領収書の限度額を越えた分をポケットから支出して,またまたネット・オークションで小遣い稼ぎをしなければらなくなった。LaTeX 関係,ロシア語・ロシア文学関係,プログラミング関係,プーシキン論文を執筆していたころに買い漁った統計学関係などの書籍,美術書,クラシック音楽 CD から,壊れたオーディオアンプ,壊れたノート PC,アナログプレーヤのカートリッジ,エロ写真集,エロビデオにいたるまで,私の物欲・もろもろの欲が買わせた品々を,目下タタキ売りしているところである。

本とレコードの出品は,私としてはいたく愛着がある品々なので,身を切る思いである。とか何とかいいながら,歳を取ったせいか,もう昔ほど「コレクション」に対する思い入れがない。どうせあの世には持って行かれないわけで,金に代えて呑み潰したほうがいいと思う今日このごろである。なのに,買う方にとってはただの古本・中古 CD でしかなく,私自身で価値があると信じていても,かつ中古市場価格をかなり下回る開始価格を設定しても,まったく入札が入らず,食いつきが悪い。タダ同然の開始価格で出品しないと見向きもされない。むしろ,もう何の価値もないと思われる壊れたオーディオアンプ,ノート PC(昔の IBM 製 ThinkPad)のほうが,修理して高く転売したり,部品取りの目的で,意外と食いつきも早く,入手の難しいロシア語書籍(トゥイニャーノフやジルムンスキイの文藝学論集,バラトゥインスキイやグミリョフの詩集,教会スラヴ語文法書など)なんかよりもずっと高く売れる。ホント驚く。エロ写真集,エロビデオもすぐ食いつきがある。これは何の驚きもない。かのような次第で,自分の過去を安売りするような気分と,世の価値観と自分のそれとの微妙なギャップ(劣情だけが共通項である)にまだまだ世の中に対する勉強が足りないと思わずにおれない虚脱感と。これがネット・オークションというものなんだろう。あーあ,ほかに何か出せるモンねえかな。

と,市ノ坪の跨線橋を越えたところに,今日もまたあの兄ちゃんがいた。マーラー五番のあの夢見るようなアダージェットが頭のなかを流れていた。私がここを通るとき,いつもいるのである。止めた自転車のそばに立っている。誰かを待っているのか。私は仕事の都合でここを通る時刻にかなりのズレがあるにもかかわらずいつも出くわすので,彼はかなりの時間こうして突っ立っているに違いない。身なり・表情に不審なところはない。誰かを待ち伏せしているストーカーかとも疑ってしまうが,わからない。私が警官だったら職務質問するんだが。

JR 南武線・平間駅近くのマルエツに寄って,肉,ジャガイモ,カレー・ルウを買った。自宅に着く直前,きれいな上弦の月に目が留った。歩きながら聞いていたマーラーの五番が,ちょうど第五楽章のフィナーレを迎えていた。今夜は私が晩ご飯のためにカレーを作った。誰が作ってもおいしくできるハウス・ザ・カリー辛口。

マーラー:交響曲第5番
ジュゼッペ・シノーポリ指揮
フィルハーモニア管弦楽団
ユニバーサル ミュージック クラシック (2006-11-08)