孤独のグルメ

TSUTAYA で『孤独のグルメ』DVD を借りて観た。この作品はサラリーマンが日常的に食する類いの料理をテーマとしたテレビの深夜番組。放映を知ったのがほぼ終了直前の回で,全編観られなかったことを残念に思っていたところに,ちょうど DVD が出たのである。DVD 全三巻を少しずつ,妻と二人で楽しんだ。

料理がテーマとなっているドラマ仕立ての作品では『深夜食堂』も面白かった。『孤独のグルメ』は,しかしながら,『深夜食堂』のような現代世相を反映した物語を一貫させるところには関心がなく,松重豊演じる主人公・井之頭五郎の歩く土地柄に相応しい午ご飯にこそ焦点がある。そういえば,松重豊は『深夜食堂』でも口数少ないヤクザの役で光っていた。芸の幅が広い,滋味のある俳優である。彼は,私より一つ年下のはずだが,私よりも遥かに「弁えのある中高年」の風格がある(当たり前や)。

料理にフォーカスがあるとはいえ,井之頭五郎の役回りは,見過ごされやすいサラリーマンの渋い人間味が溢れていて,なかなか味わいがある。池袋の回次で,井之頭がインテリアコーディネーターを訪れる話がある。彼はビジネス鞄を左手に提げて歩いている。彼は左利きであるとわかる。訪問先のビルの前で約束の時間を確かめようとする。そのとき,彼は鞄を提げた左腕を持ち上げて左手首の腕時計を視るのである。このさり気ないが無理のある仕草がめっちゃカッコいいのだ。普通なら鞄を右手に持ち替えてから左腕の時計を視るだろうに。

左利きの人は腕時計を右手に填めることが多い。ところが,井之頭五郎は,通常の人と同じく,左手に填めている。そして飯を食うのも,箸を右手に持って為す。こういうところ,昔の口うるさい親の躾けを髣髴とさせる。左利きなのに生活は他の一般の人間に合わせるその姿が,意識的に目立たないように社会に溶け込んでいるサラリーマンの自己滅却・自己抑制の渋さを感じさせ,それゆえにこそ,重い鞄(書類だけでなくノートパソコンも入っていることを観る者は知っている)とともに左利きの「隠された本性」のようなものがぬっと持ち上げられる瞬間が,非日常性の輝きを放つ。だからこそ「カッコいい」と唸らさせられるんである。爪をしかと隠した能ある鷹がここにいる,と思わせられるのである。最近は「ちょい悪」のおしゃれな中高年が流行だが,私なんかはそんな付け焼き刃の見せかけよりも,井之頭五郎のような自己滅却・自己抑制の効いた,常識ある中高年のほうが遥かに渋くて「カッコいい」と思う。

そういうヤツが食う料理は,オレも食ってみたいと思うじゃありませんか。この回の池袋・小中華街の汁なし担々麺と焼き餃子も魅力的だったが,このシリーズ全体のなかでは,川崎八丁畷の一人網焼きの韓国風焼き肉が,旨そうで,旨そうで,堪らなかった。今度行くぞ!