香川選手プレミアリーグに

サッカー日本代表・香川真司選手がマンチェスター・ユナイテッドに移籍するとのニュースが流れ,このワールドカップ最終予選のさなかに大騒ぎになっている。いや,素晴らしい。あのビッグクラブ,欧州チャンピオンズリーグの常連でかつ何度も優勝している古豪に日本人選手が招かれるなんて,かつての日本サッカーのトホホ加減を知る者にとってみれば,ホント夢のような話である。長友選手がセリエ A のインテルに移籍したときも凄いと思ったが,攻撃的 MF としてマンチェスター・ユナイテッドに行くのは,もう少し本質的な何かがある。そう思うのは私だけではないと思う。

この 23 歳の若者は,才能だけでなく努力の人,責任感の強い人である。去年だったか『情熱大陸』というスポーツ番組で彼が特集された。そこで私は,彼が小学校から中学校に上がる段階ですでにサッカーに身を捧げる決意で単身仙台に行ったというエピソードを知り,一流中の一流といえる人物の,幼少から背負う何かに畏れをなしたものである。「僕はサッカーばっかりして来たんで,勉強とか全然できないんです。で,ドイツに来て言葉がわからなくて,ドイツ語を勉強してるんですけど大変です。...『情熱大陸』の『熱』って漢字,どう書くんでしたっけ?」— ちょっと笑ってしまったが,プロフェショナルの肚の座り方がずどんと伝わって来た。プレミアリーグに行って環境が変わってもすぐさま適応し,結果を残してくれるものと信じる。

香川選手の世代はホント将来が楽しみな才能が多い。サッカーの「天才少年」というと,しかしながら,私なんかは彼よりも柿谷曜一朗選手を思い浮かべる向きである。なのに,柿谷くんどこへ行ったのか? U-17 国際大会などでの彼のプレーは間違いなく「天才」だったのに。香川と同じセレッソ大阪に所属しながら,どうも柿谷くんはその集団性に欠ける大人げない行動で鼻つまみ者だったらしく,才能を真に開花させることができないうちに J2 徳島に飛ばされてしまった。日本五輪代表候補にも全然名前が上がらない。

コンピュータの世界には,恐ろしく知識が豊富で,情報収集能力が高く,しゃべるよりもプログラムのタイピングが速い熟練を身に着けているのに,世の中の役に立つシステム開発プロジェクトで他のメンバと協調しつつプログラミングに従事することを嫌い,システム侵入やパスワードクラッキングなどの超絶技巧的ウラ技を磨くことに血道を上げたがる「愚かな」天才プログラマがいるものである。柿谷くんはこのようなタイプのフットボーラーなのかも知れない。それでも,彼は徳島でチームプレーの大切さを叩き込まれ,今シーズン,セレッソに復帰したとのことである。こういう話を耳にすると,あの「天才」が香川真司の後塵を拝しつつもまた復活してくれるのでは,という期待が高まって来るではないか。しかも柿谷くんは香川よりも一つ年下なんである。香川に続け!なんである。

それにしても,香川といい,柿谷といい,本田(関係ありませんが,サッカーオタクの間では彼は「本田△」と表記されることがある。「何これ?」と思っていたんだけど,つい最近これが「本田さんかっけー(本田さん,かっこいい)」ということらしいと知った)といい,岡崎といい,大阪・兵庫という地はサッカーの若い才能の宝庫であるといまさらながら気付き,驚く。女子のなでしこリーグでも,神戸がなでしこブームのはじまる前から地元企業の賛同を得て,澤や大野といった優れた選手を拾い集めて強豪チームを作ったのも,「金」だけで成り立っている首都圏とは一線を画した関西のスポーツ文化を感じさせる。
 

6.9 付記

香川選手のプレミアリーグ移籍を shirts selling business と腐す欧州サッカー識者がいるそうである。要するに,香川は実力もあるし,彼を引き入れるのはマンチェスター・ユナイテッドのユニフォームを極東の小金持ちにわんさか買ってもらえる絶好のビジネスチャンスというわけだ。確かに,香川は自身の背番号付ドルトムント・ユニフォームを二年で 23 万着売り上げた。サッカーのクラブ公認ユニは非常に高価で 1 万円くらいするのであってみれば,じつに 23 億円の売り上げ。ドルトムントは香川をセレッソ大阪から 3 千万円程度で引き抜き,マンチェスター・ユナイテッドに 15 億だか 17 億だかで売り渡したこと以外にも,相当旨い汁を吸ったことになる。 ま,香川選手にはこういう皮肉な視線を蹴散らして,実力を発揮してそのプレーで輝いてほしいものである。