Vivaldi, Sonate e Concerti

今日は文化の日でお休み。散歩がてら神保町のブックフェアにでも行きたいと思っていたけど,かったるくなって,家でぼっとすることにした。キャビネットを漁り,針を落とすレコードを選ぶのが楽しみの今日このごろ。本日は,ヴィヴァルディ。二つのヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ(いわゆるトリオ・ソナタ)作品 1 と,彼の最高傑作の一つであるヴァイオリン協奏曲集『調和の霊感』作品 3。5 枚のアナログ・レコードを一気呵成に聴いた。

トリオ・ソナタはバロック室内楽の典型的な形式で,バロック音楽の愛好家はコンチェルト・グロッソよりもこちらのほうが好みではないだろうか。作品 1 は,二つのヴァイオリンによる対位法の妙で,ヴィヴァルディの隠れた名曲だと思う。8 番のニ短調がとくによい。サルヴァトーレ・アッカルド,フランコ・グッリのヴァイオリン,ローハン・デ・サーラムのチェロ,ブルーノ・カニーノのチェンバロによる演奏。1977 年録音のフィリップス盤。このころのローハン・デ・サーラムはイタリア・バロック演奏がメインだったことを知ると,その後アルディッティ四重奏団で現代音楽のチェロ・パートをばりばり弾くようになった彼の経歴が数奇に思えてしまう。

『調和の霊感』は原題 L'estro armonico。ここで「霊感」に相当する estro というイタリア語は「カプリッチオ,奇想」に近い意味だそうである。調和のとれた奇想なんて,考えてみると,統制ある無秩序のような矛盾した語結合である。要するに,こうしたところが相容れないものに美を見出すバロック的コンチェットの現われのようである。奔放なこの協奏曲集は出た当初からたいへんな評判をとったようで,バッハもここから 6 曲をチェンバロやオルガンのために編曲しており,それもまた名曲として知られているくらいである。私も,この曲集の第 11 番ニ短調 RV565(バッハはこれをオルガン協奏曲に編曲した)をこよなく愛している。二つのヴァイオリンによる掛合い・チェロの独奏からなる序奏に引続き,壮大な対位法フーガが立ち上って来る第一楽章,シチリアーノの哀切で美しい第二楽章,終末のヴァイオリン・ソロの輝かしい第三楽章。豪華絢爛というに相応しいイタリア・バロック至高の作品だと思っている。

作品 3 の録音は数あるわけだけど,私は何と言ってもクラウディオ・シモーネの率いたイ・ソリスティ・ヴェネティによる 1970 年代中期の録音・仏エラート盤をいちばんに推す。彼らは 1987 年にデジタル録音でこの曲集を最録音しているが,旧いもののほうがアンサンブルの質が高く私の好みである。残念ながら旧録音の CD はエラートの『ヴィヴァルディ作品全集』(廃盤)に収録されるのみのようである。

バッハ,テレマンに比べりゃヴィヴァルディなんぞは深みのない見せかけ美人に過ぎない,などというバロック音楽愛好家がよくいる(有名な日本の音楽学者・皆川達夫なんかはその類いで,日本人は権威的存在の言うことを鵜呑みにする者が多いので,「よくいる」わけである)。勝手に言わせておけばよい。ヴィヴァルディの優美さは捨て難い。あの艶やかな弦の官能には,頭より体が反応してしまう魔力がある。イ・ムジチの『四季』が 1970 年代の荒んだ時代の日本人の間で爆発的な人気を獲得したのは理由がある。この悩みのない優美さ,華やかさ,艶やかさはかけがえがない。

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作品 1 と作品 3 のいま入手できそうな CD を挙げておきます。作品 3 はイ・ソリスティ・ヴェネティの新しいほうの録音である。

ヴィヴァルディ:調和の霊感(全曲)
クラウディオ・シモーネ指揮
イ・ソリスティ・ヴェネティ
ワーナーミュージック・ジャパン (2011-07-20)

以下はクラウディオ・シモーネ,イ・ソリスティ・ヴェネティによるヴィヴァルディ器楽作品全集。作品 3 の旧録音を聴くことが出来るのはいまやこの盤のみのようである。ジャン=ピエール・ランパル演奏によるフルート・ソナタなどを含む素晴らしいセットである。ただし,「全集」というのは名ばかりで(この全集の趣旨は,ヴィヴァルディの生前に出版された作品全集ということである),ヴィヴァルディの声楽や室内楽などで納められていないものが結構ある。残念ながら廃盤。アマゾンで中古が入手できるようである。

ヴィヴァルディ:作品全集
クラウディオ・シモーネ指揮
イ・ソリスティ・ヴェネティ
ダブリューイーエー・ジャパン (1999-05-26)
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夕方『古畑任三郎』再放送を観る。子供たちが録画してあったもの。キザな俳優の筆頭であった田村正和をコミカルな刑事役に仕立てたこのドラマを,私はその演劇調の不自然さで『相棒』よりも上に置いている。三谷幸喜のドラマはどれもユーモアがあって面白い。

この番組の途中だったか定かじゃないけど,生命保険の CM が流れた。俳優・平泉成が「おい,母さん,ニュース,ニュース,先進医療保障がついたんだって」といいながら,奥さんを家中探しまわるやつだ。本当のラストシーンのセリフはこうだ:「あー,そういえば,母さんは三年前に死んだんだった」。ウソである。でも,それくらいこの CM,どこか不吉なんである。