Haydn - Streichquartette op.20 »Sonnen-Quartette«

秋,クラシック音楽に浸っております。今日は少し汗ばむ暑い昼下がり,ハイドンの弦楽四重奏曲集『太陽』全曲を楽しんだ。Haydn - Streichquartette op.20 »Sonnen-Quartette«, Hob.III: 31-36。ドイツ・グラモフォン,1994 年,ハーゲン四重奏団の演奏による比較的新しい録音である。若々しく端正なハイドン。
 


交響曲などの大編成オーケストラによる作品がコンサートホールに集う市民たちの祝祭であるとするなら,室内楽作品は心をひとつにする極く少数の仲間内の親密な語らいである。前者が公的でシンプルで華やかであるならば,後者は私的で複雑で洗練されている。室内楽でも弦楽四重奏という形式は,ことにその傾向が強い。そしてその至高の表現者はいうまでもなくベートーヴェンであった。彼の交響曲は誰にもわかるようにシンプルに書かれ,高い演奏効果をもち(アマチュア・オケによる演奏であっても),よって人気も高い。それに対し,弦楽四重奏曲は複雑(とくに後期作品は複雑怪奇といってもよいくらいである)で,気難しく,実験的で,極めて難解である。市民的オーディエンスのためではなく,作曲家自身,あるいは演奏家,音楽的教養の豊かな選ばれた少数の人たちのために書かれているといえる。

ハイドンはそういった弦楽四重奏曲という形式を完成させた作曲家とされている。ベートーヴェン,シューベルト,ブラームス,シェーンベルクの弦楽四重奏曲を知ってしまったわれわれからすれば,難解なところは少しも感じられないけれども,彼の作曲した数多の弦楽四重奏曲群は,「演奏効果」だけからすれば,聴くをもっぱらとする側にとって退屈なシリーズであるかも知れない。ところが「演奏者にとって」は,四国八十八箇所の霊場巡りのような,求道的鍛錬と悦びの混淆する魅力のあるモニュメントになっている。私の大学のころの友人に大学サークルの弦楽四重奏団でヴァイオリンを弾く者がいたが,彼の曰く,優れた四重奏はたくさんあるが,弾いていて楽しい四重奏はハイドンがピカイチ。もっぱら聴くばかりの私は「ふーん」であった。

それでももちろんハイドンは,「演奏者」ほどではないにせよ「聴くばかりの者」にも確かに素晴らしい弦楽四重奏曲を書いている。私にとって『太陽四重奏曲集』はそんな作品のひとつ。第四楽章のシンコペーションが印象的な第一番変ホ長調,優美で長閑なテーマの第二番ハ長調など,愉悦に溢れた楽しい作品が全 6 曲。なかでも私は第五番へ短調が大好きである。疾風怒濤(シュトゥルム・ウント・ドラング)時代の理性の裡に秘めた激情というのか,Romantik に成り切れない者の節度ある憂愁というのか,第一ヴァイオリンの奏でる哀愁のあるテーマが胸を打つんである。東京カルテット演奏のアナログ・レコードではじめて聴いたときは,ハイドンにもこういうドラマティックな感情があるのかと感嘆した覚えがある。
 

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