会社から帰宅して,コラ・ヴォケールを聴いて,先日亡くなった彼女を偲ぶ。1980 年に初来日した際の,東京・赤坂の草月ホールでのリサイタルのライヴ録音。Cora Vaucaire, Récital - Enregistrement Public à Sogetsu-Hall。彼女による枯葉こそオリジナルといえる,ジャック・プレヴェールの詞になる名曲『枯葉 Les Feuilles mortes』,『桜んぼの実る頃 Le Temps des cerises』など,彼女の定番の 12 曲を収録している。レシタルのすぐあとにフィリップスから出たアナログ・レコードである。残念ながら廃盤で CD の再発売もならず,もう入手することは適わないかと思われる。これは,彼女のファンである妻が大学生のころに買ったもの。伴奏をジャン・ピエール・レミ(ピアノ),鈴木秀美(チェロ)が担当している。鈴木秀美はいまやバロック・チェロのエキスパートですね。
いまの日本には,シャンソンのファンは数少なくなったんだろうけど,確実に,したたかに存在しているはずである。30 年前のこの盤に耳を傾けると,米国ポップスのふやけた輸入品のような JPOP の浅ましさ・見かけ倒しとは無縁の,粋な知性と衷心さが,いまにして身に沁みる。1980 年当時にしてコラ・ヴォケールはすでに 62 歳。それでも,「人生の数だけドラマがあり,愛の数だけシャンソンがある」なんてことを衷心から謳うのである。
C'est une chanson
Qui nous ressemble
Toi tu m'aimais
Et je t'aimais
それは私たちふたりに
似た歌
あなたは私を愛し
私はあなたを愛した
こんなシンプルな愛の表現はいまやリアリティを失い,もはや「時代遅れ」としか理解されない。ところが老いたコラ・ヴォケールの声にかかると,セピアな恋の時代に心地よく逆行できる。年とともに藝に磨きがかかるという真実。越路吹雪や加藤登紀子によるコラ・ヴォケール・ナンバーのカバーも忘れられない味があった。
モンマルトル。サン・ジェルマン・デ・プレ。恋する詩人たち。「ミラボー橋の下をセーヌ川が流れ / われらの戀が流れる / わたしは思ひ出す / 惱みのあとには樂しみが來ると / 日も暮れよ 鐘も鳴れ / 月日は流れ わたしは殘る」(アポリネール,堀口大學訳)。場末のシャンソン。「ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりに遠し」と朔太郎が歌った憧れのフランス。
コラ・ヴォケールの CD は日本国内盤では入手が難しくなっているようである。輸入盤から一枚だけリンクを設置しておく。