百恵伝説

米国の政府要人が来日していたからか,昨日は米国大使館付近の街灯には日章旗と星条旗とが掲げられていた。今日はもうないなあと思いながら,会社からの帰り,外堀通り,烏森通りを赤坂溜池から新橋まで歩いた。これがいまの習慣。烏森通り・新橋三丁目付近から新橋駅方面を望むと,薄明に灯りが灯った汐留シティセンタービル,電通ビルなどの摩天楼は,まるで『リング』の冥王サウロンの城塞のように見える。今日は何を思ったか,山口百恵の歌謡曲(今なら「なにそれ?」と言われるであろう昔の流行歌)を携帯電話 LISMO で聞きながら歩いた。

山口百恵は伝説のアイドルとなって久しい。人気絶頂のとき華やかな結婚をして忽然と引退,その後大いに期待されながらも復帰することなく伝説と化した。二人のご子息を立派に育て上げた。彼女は 1970 年代初期当初,いけない系(これは私の勝手な言い方。ちょっとふしだらな十代の背徳的歌詞をもつ曲が多かった)で陰のある不幸なイメージで人気を獲得した。映画・ドラマを通して 70 年代中期に大ブレークしたのち,恐らく『秋桜』(1977 年)で老若男女の全方向的アイドルとなった。

私はというと,いけない系・不幸系の初期が好きなんである。都倉俊一の書いた旋律は感傷的だが質は高かったと思う。山口百恵の初期楽曲の特徴は,古臭い男心をくすぐる狡いフィクションだと私は思う。「あなたから許された口紅の色は枸橘の花よりも薄い匂いです」(『冬の色』1974 年,千家和也・詞/都倉俊一・曲)— 男尊女卑の臭いがぷんぷんして,こんな歌詞の J-POP が今出て来たら(出て来るはずがないのだが)ある筋からこっぴどく批判されるに違いない。「突然あなたが死んだりしたら私もすぐあと追うでしょう」という一方で「あなたなら他の娘と遊んでいるとこを見つけても待つことができる私です」という歌詞(同上)— 男に好都合な不幸へのこの指向はもう理解不能というしかない。当時 12 歳だった私のような子供でも,この「不幸」(「百恵」なのに)は徹頭徹尾「フィクション」だと割り切って楽しんでいたのではないかと思う。今の J-POP に見られる「本気」モードの「君を守る」式ワンパターン・ヒロイズム(呆れるくらいハリウッド映画に毒された「守りたい」ヒロイズム)とどっちがよいかは,世代の問題かも知れない。昔の流行歌は,フィクショナルで狡かった。今のは,どうも本気らしいが安っぽい,なにより,ウソ臭くて偽善的。私は勝手にそう思っている。

新橋駅舎に着いて『秋桜』を聴きながら電車を待っていたら,列にいたスケベそうな親父(百恵世代に違いない)が扇子でせかせか涼をとっていた。その扇子のリズムが「あれこれと思い出を辿ったら... いつの日もひとりではなかったと...」という私のイヤホンにしか聞こえない音楽にぴたりと合っていた。
 

 

これはいま手に入る CD。LISMO 音源以外は,私は高校生のころに買った LP レコードをいまだに聴いている。でも,このレコード,現在もいい音で鳴るんである。山口百恵は,アナログな,昭和な郷愁とともに楽しむに限る。
 

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代表選への民主党の動きが本格化している。出ないと言っていた前原さんまで出馬表明する始末。やっと菅さんにお辞めいただけるわけです。これをまずは祝いましょう。

小沢さんの党員資格を停止した張本人たちがぞろぞろと小沢詣でをしているのを見るにつけ,この権力欲(頭に来る奴を粛正してやりたいとか,国民にあっと言わせる政策実行をもって歴史に名を残したいとか,そういう政治的野望ではなく,ただ単に内閣総理大臣という役職に着いてみたいというだけの)の恥も外聞もない有様に,「もう勝手にして」というばかりである。「挙党一致」— 恥も外聞も捨てる,という意味だったとは知らなかった。と言いつつ,私的には,今回は前原さんか。在日韓国人による献金問題という立ちションを見られてしまいましたが,そんなことは意にせず頑張ってほしいと思います。しかし,菅首相と同じように辞める辞めないでしか話題がとれず菅首相なんぞにスルーされて泣いてしまった海江田さん(要するに,菅以下),増税なんて震災復興の今いったいナニぶっこいてんだか財務官僚の言いなりでかつA級戦犯についての発言で不必要に中国をいらだたせる野田さん(要するに,強気のポーズをとる,人の痛みのわからない,なのに人任せな奴に,碌なのはいない),このお二人だけは勘弁いただきたい。小沢さん,うまく立ち回ってこいつらを踏み台にして,無罪判決が出た暁にはあなたが総理大臣になってください。

原発事故による汚染が拡大し,株価がひでぇ落ち込みを示し日本国債の格付けが落ち,リビアやシリアがとんでもない事態になり,韓国が震災日本の弱みに付け込みやがるこのご時世に,日本の政治家はなんとも自己論理だけで動くことができるもんだと感心させられる。来年度予算一律 10% カットだと? そんな一般企業のようなやり方をするのなら,一般企業と同じように 10% 公務員をリストラしたらどうか。何も考えずに三人のチームのうちの一人をクビにして様子を見る。それで何か不都合が出たら仕事のプロセスをチェックして徹底的に残りの二人のミスを責めまくる。そう,われわれ一般企業のようにやればよいのだ。それが財政再建の最短経路である。そして,小泉さんの路線を徹底的にやっていただきたい。郵政事業も年金事業もすべて民営化! 郵貯の莫大な資金を国内企業に投資!

— なんて,できるわけがない。とまあ,愚痴しか出て来ません。マスコミはどうかというと,目下,島田紳助さんとヤクザとのお付き合いにしか興味がないようです。紳助さんは街宣右翼にイヤがらせをされていたのをヤクザの口利きで止めてもらったそうである。街宣右翼はヤクザに飼われているので,どうも紳助さんは,右手でぶん殴られて左手でなでなでされたのに恩を感じて,ヤクザに囲われてしまったようである。目を着けたタレントの催しにそれ風の若い者を観客として送り込んで騒がせる。そのあと「ヘンな奴が来るとお困りでしょう,ここはひとつわれわれが仕切ってあげますんで,今後とも宜しく」とやって繋がりをもつ。こういうのをマッチポンプというのである。総会屋の手口。芸能界とかプロ・スポーツ界とかどうしたってヤクザにたかられてしまうわけである。気の毒である。
 

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さっきまで「伝統の」巨人・阪神戦を BS 日テレで観ていた。「伝統」に相応しいよい試合だった。つまらないプレーは,ヒットを打った金本アニキが一塁をオーバーランして刺されてしまったところくらいであった。新井選手 — チャンスに弱いと言われながら,責任感が人一倍強い,そのプレッシャーでやっぱりここぞというときに凡退してしまう新井選手が私は阪神で一番好きである — の放った右中間への素晴らしい打球を高橋選手が好捕球した場面は,しびれるくらい感銘を受けた。勝利への執念を感じた。阪神も,この前ヤクルトにボコされた福原投手が 10 回ウラをきっちり抑えてくれ,さすがベテランと思わせてくれた。

ジャイアンツは前半戦は投手陣がボロボロで,自慢の打線も湿りっぱなしだったのだけど,このところ投打ともに「締まり」が出て来た。ヤクルトとの差はまだ結構あるんだけど,いまの巨人の投手陣のレベルは極めて高く,巨人はこれからのペナントレースを面白くしてくれると思う。残念ながら阪神はやっぱりダメのようである。今年は 4 位と予想します。ま,それでも今日のような試合を観られるならよしとしましょう。阪神ファンはそういうのに慣らされているんである。