今宵,妻と二人で札幌交響楽団東京公演に行って来た。場所は東京赤坂・サントリーホール。今年で 23 回目となるホクレン・クラシック・スペシャル。札響も創立 50 周年らしい。札響は地方のオーケストラとしてはピカイチであって,私も学生時代に何度か聴きに行ったものである。武満徹の音楽をことのほか大切にしているオケであり,学生時代を過ごした都市の楽団という贔屓目ばかりではなく,私の好きなオケのひとつなんである。
サントリーホールは何年ぶりかと思いつつ,今夜のプログラムを繰っていて,9 年ぶりだということがわかった。年に一度のこの札響東京公演 2002 年第 14 回,ブルックナー 9 番とモーツァルト・ピアノ協奏曲 27 番以来というわけ。あのときはうちの二人のガキを連れて来て,神経質でケツの穴の小さい客に怒鳴られたなぁと,妻と思い出話をした。勉強臭,オタク臭,そして神経質。これだからクラシックファンは女にモテねぇんだよなー,なんて。
今夜のプログラムは,武満徹作曲『ハウ・スロー・ザ・ウィンド』(1991 年),ショスタコーヴィチ作曲・チェロ協奏曲第 2 番作品 126,同・交響曲第 5 番ニ短調作品 47。チェロ独奏はハンガリーのミクローシュ・ペレーニ。指揮は(誇張ではなく)日本で最高の指揮者・尾高忠明。
席が最前列左寄りで,ちょうど第一ヴァイオリンの 5 プルト目の前あたりで,ヴァイオリン,ハープ,チェレスタの音が直接耳に届いた。ヴァイオリンの音響の壁を大波が越えて来るように向こう側からチェロ,コントラバス,ティンパニが腹に響いて来て,めっちゃ臨場感があった。武満の繊細な弦が天上的な響きに聞こえた。武満徹とその音楽を丹念に演奏できる演奏家がある限り日本の音楽は世界にその存在感を示す,と私はマジで思っている。ショスタコーヴィチの交響曲の第三楽章がとくに感動的だった。第四楽章のあのフィナーレ,『ショスタコーヴィチの証言』のことばを借りれば「喜べ,喜べ,(抑圧された)民衆よ」というえげつないアイロニーも悲痛なフィナーレ。ティンパニが凄まじかった。圧倒された。(この部分,ブラームスのハ短調シンフォニー第一楽章と並んで,誰もが一度でいいからティンパニを叩いてみたいと思う圧巻ではなかろうか)
プログラムの解説で,ある音楽評論家が『証言』は偽書であると,何の脈絡もなく,また何の意味もなく書いていた。だから何? 『証言』から読み取れる作品解釈はウソだと言いたいのか? なら何故そう書かない? 最新の研究によればこう解釈すべきだと何故書かないのだ? これだから音楽評論家ってのは何を読者に伝えたいのかサッパリわからんのじゃ,と呆れ果てた。私は「解説」というものに,時代や作曲家の「思想」が作品にどう現われているのかという説明を期待しているのだけれど,音楽評論家の書くことといったら,楽理・形式のお勉強的記述はまあよいとしても,古典的な様式がどうの,瞑想的な気分がどうの,おタッキーな戯言,お呼びでない感覚的なことばかりなのだ。
コンサートは 19:00 開演だった。私の会社事務所は溜池山王交差点すぐなので,サントリーホールは歩いて 10 分足らずである。少し残業してもいいくらいであったが,会議が終わってコンサートを前に気もそぞろになり,とくに差し迫った懸案事項もなかったので,フレックスで 16:30 ごろに仕事を抜け出した。ショスタコーヴィチを iPod で聴きながら少し散歩をしてからコンサートホールに入ろうと思ったのである。
雨の中,ショスタコーヴィチの『ソプラノ,ヴァイオリン,チェロとピアノのためのアレクサンドル・ブロークの七つの詩』,弦楽四重奏曲第 15 番を聞きながらぶらぶら歩いた。普請中の虎ノ門病院横を抜け,日比谷通りまで出て,そこから愛宕方面に向かう。慈恵医科大学病院あたりで再び赤坂方向に折れ,愛宕神社参道,NHK 放送博物館を眺めた。このあたりは都心では珍しく小高い丘になっていて,トンネルがあった。雨の中おっちゃんたちが道路工事に余念がなかった。トンネルを潜って,桜田通りを行く。この辺で曲がりゃアークヒルズ方面に出られるかなと思い,神谷町の手前で右に折れたらホテル・オークラに出た。米国大使館,スペイン大使館,スウェーデン大使館など大使館が密集しているこの界隈はアークヒルズのすぐ裏手である。アークヒルズ,山口百恵が結婚式をした(なんでこんなこと思い出すんだ?)霊南坂教会の十字架が間近に見える。墓地を見つけた。こんな東京のハイカラな場所にも諸行無常の響きありなんである。テレ朝のほうからサントリーホール玄関に到着。雨のカラヤン広場には誰もいなかった。妻との待ち合わせ時刻までまだまだ時間がある。アークヒルズの SUBWAY でローストビーフ・サンドイッチとコーヒーで腹ごしらえした。「自分だけずるーい」と妻が僻んだ。
演奏会のあと,やはりアークヒルズの茶漬け屋で串揚げを食った。麦酒を飲みながらコンサートの余韻を楽しんだ。串揚げは香ばしく気品があり,明太子と鮭の茶漬けは旨かった。ショスタコ・チェロ協奏曲 2 番の CD 買うぞ。
武満徹の『ハウ・スロー・ザ・ウィンド』,ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第 2 番,『ソプラノ,ヴァイオリン,チェロとピアノのためのアレクサンドル・ブロークの七つの詩』の CD をあげておきます。
Michael Tilson Thomas (Dir)
London Symphony Orchestra
Deutsche Grammophon Imports (1994-12-15)
Guerassimova
Le Chant Du Monde Fr (2000-10-10)