運命じゃない人・監禁逃亡3

ツタヤから DVD が届くと娘が「何? 何?」とうるさい。私は「お父さんがいない間に勝手に開封すんじゃねぇぞ」と娘にいつも釘をさしている。というのも,エロ DVD を借りているのを子供に知られるのはまずいからである。このエロ親父,娘から「エッチな映画でしょ。アタシにも見せてよ」と,じつは見透かされているんだけど。「大人だけが観ていいの! お兄ちゃんはもう大学生だからいいけど,おめぇはまだバカな高校生だからダメ」と断固お断り。じつは今回郵送されて来た DVD のうち,一本はピンク映画であった。もう一本は邦画コメディー。

昔はピンク映画を映画館で観たものである。ところが,アダルトビデオが全盛となってこのかた,名画座だけでなくピンク映画館も片っ端から潰れてしまい,いまや絶滅寸前の状況である。暗闇のなか,パブリックビューイングで,スクリーン上の黝い質感をもつエロ映像に見入るというのは,一種独特の共犯幻想体験(そういえば,吉本隆明が「共同幻想」という用語を使っていた。関係ない)にも似て,なかなか味があったのに。残念である。

学生時代,札幌の大学周辺にはいくつもピンク映画館があった。北二十四条に「シネマ24」,北十八条に「みゆき座」,東何条だったかにもひとつ。国鉄札幌駅舎地下にはヤクザ映画のハコがあった。名画座も「ジャブ70」,「シネマ23」など事欠かず,いまから思えば映画ファンには夢のような時代だった。「シネマ24」は成人映画館なのにときおりアンドレイ・タルコフスキイの『アンドレイ・ルブリョーフ』など渋い名作を掛けてくれたりした。500 円も払えば 3 本立てでエロ映画が観れ,煙草も席で吸い放題,しかも何時間居座ってもよいので,冬の厳寒のなか灯油の買い足しもままならない手元不如意の月末,授業のない日なんかには,一日中,独り「みゆき座」にいて,ポルノ映画を観,眠くなったら寝,腹が減ったら持ち込んだ七枚切り食パンを齧り,ちょっと飽きたらロビーで文庫本を読み,なんてアホ,マヌケ,ノーテンキなことをしていたものである。

首都圏のピンク映画館にはイヤな思い出がある。私が就職して東京に出て来たころ,川崎駅周辺の繁華街にもピンク映画館があった。南町のストリップ劇場・川崎ロック座のすぐ近くだ。いまはもうご多分に漏れず潰れてしまった。私は結婚する直前,会社の総務部の手違いのおかげで,社宅に入居できる2日前に蒲田の独身寮を追い出され,帰る場所を失って夜中に川崎駅周辺を彷徨したことがある。バブル崩壊前夜,1990 年のことである。そのとき,何時間いても追い出されないので,そのピンク映画館で時間を潰そうと思った。

ところが,そこは,汚く,酒臭くて空気の重い,繁華街の歓楽と欲望の吹きだまりのような空間だった。札幌では見るからに学生っぽい客が目立ったが,ここの客は年寄りばかりであった。おまけに真夜中だからか,ヘンな奴らが暗闇に蠢いていた。ある列を独り占めできるくらい席に余裕があったのだが,私が眠気にうつらうつらしていたら,いつのまにやらすぐ横の席に男が座っていて私の体に触ってくる。ホモの痴漢のようだ。私は「何すんねん! 気色悪い,ドアホ!」と小声でどなりつけて,すかさずハコの最後尾に逃げた。そこでしばらくぼっとスクリーンの性交シーンを眺め,喘ぎ声を聞いていると,今度はすぐうしろの雰囲気の異常に気付いた。そこからも喘ぎ声が聞こえて来るのだ。ふっと振り返ると,セーラー服で女装したオカマが三人くらいのオヤジにお触りをさせていた。「ヘンタイがエロ映画館に来てエロ映画を観もせずにヘンタイしてどうすんだ?」といよいよ私も呆れ果てて,その映画館を出てしまった。首都圏のピンク映画館のヘンタイぶりに驚いた。やっぱりピンク映画館は学生街に限る,などとへんな認識を深めてしまった。というか,1990 年にもなるとピンク映画館は,もうエロ映画を観るところではなく,特殊な社交場に変わり果てていたのかも知れない。そのあと,しようがないので,サウナ — いまのチネチッタのある界隈にあった — に行って寝た。体に極彩色の絵をお描きになった方々がたくさんおいでであった。

なんでこんなこと書いてんだ? そうそう,ツタヤでピンク映画を借りました。作品は『新・監禁逃亡 3 ~美姉妹・服従の掟』。2010年,できたてのホヤホヤ。カワノゴウシ監督作品。出演は,伊東遥,水元ゆうな,石川ゆうや,幸将司ほか。ピンク映画はかつての日活ロマンポルノとはビミョーに違っていて,エロシーンを何分かに一回入れなければならない脅迫観念に支配されている。おまけに低予算の粗製濫造ゆえに,ストーリー性において過酷な作品設計を強いられている。それだけに,極めて厳しい制約の課す高いハードルをクリアしつつ,少しでも物語性に興味を覚えさせる作品に出会うと,意外性の感銘を覚えてしまうわけである。そうして,この『新・監禁逃亡 3』は,ピンク映画にあって,ストーリーになかなか出色なところがあったんである。こんな恥ずかしい話題をここで書き記すのもそれゆえなのだ。

普通の映画ならネタバレをここで書く気にはならないんだけど,ピンク映画は本来的に興奮道具のようなシロモノでもあり,観に行く人はおそらく物語性をまったく期待しないだろうから,敢えて書いておく。

主人公・琴美(伊東遥)は,姉(水元ゆうな)の娘の死が癒せぬ心の傷になっている。琴美は,自分が誘拐を警察に通報したために娘が殺されてしまったと思い込んでいるようである。あるとき琴美と姉とは,眠っている間に,閉鎖工場に拉致・監禁されてしまう。そこで二人は覆面男のなすがままにされる(ピンク映画の本領発揮)。香水の匂いから琴美はこの覆面ヘンタイ男が自分の夫ではないかと疑う。じつはこの監禁は,娘を殺された姉夫婦による復讐劇だったことが明らかになる。常規を逸した(というより,その動機・背景にどうしようもない無理がある)監禁強姦・残虐行為は,琴美の夫をして「こいつら狂ってる」と言わしめる。しかし,物語の最後で,娘殺しの真相は不妊症だった琴美の病める嫉妬心によるものだった… というもうひとつのウラのオチが暗示される。少子化が問題となる一方で,子供を産みたくても産めない夫婦も話題になる昨今の,笑えない世相の一端が窺われる。スケベの制約のなかでただのスケベだけで終わらないウラのウラがあって,面白かった。近藤将人による音楽 — ピアノの不気味なモノローグもなかなかよかった。

 
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もう一本は『運命じゃない人』。2004 年,内田けんじ監督・脚本作品。主演は中村靖日, 霧島れいか,山中聡,山下規介,板谷由夏。映画の冒頭を見てすぐわかるんだけど,これ,インディーズ系のむちゃくちゃ低予算の挑発的な作品である。しかし,めちゃくちゃ面白い。渋谷ユーロスペース(JR 渋谷駅西口を出た桜丘町にある,マイナー映画を見せてくれる知る人ぞ知る貴重な映画館)風と思っていたら,ホントにユーロスペースで封切られたそうである。

婚約者に裏切られた宮田(中村靖日)は,親友の神田(山中聡)に呼び出された深夜のレストランで,やはり婚約者に裏切られた桑田真紀(霧島れいか)と知り合う。宮田を騙し彼が金を持っていないと知ってドロンした女詐欺師・倉田あゆみ(板谷由夏)は,目下の詐欺のターゲットであるヤクザの親分・浅井(山下規介)から大金を奪って逃走し,宮田のマンションにそれを隠す。それを知った神田は,ヤクザのヤキ入れを怖れてあゆみに金だけは返させようと目論む。ところがあゆみは金を下着にすり替えた上,神田の名刺をアタッシュケースに入れて返却し,罪を神田になすり付けようとする。浅井は名刺から神田の事務所を特定して侵入し,神田のファイルからあゆみの素性とともに金の隠し場所の目星をつける。ところが,宮田のマンションのベッドの下に隠れた浅井が見守るなか,真紀がダンボールのなかの金を見つけ,ついついネコババしてしまう…。

こうした一連の主人公たちの行動において,まったく同じ場面が登場人物の視点を変えてコミカルに描かれる。ある登場人物の視点においては何気ない絵が,あとで別の登場人物の視点による同じ場面では抜き差しならないディテールに変貌する様が,人生の数奇を如実に浮き彫りにするのだ。また凄いことに,ドラマはわずか一晩の間の事件から成り立っている。

ぜひご覧あれ。低予算でも工夫次第で凄い映画が撮れることがわかる。豪華キャストでいくら使ったのかわからないようなロードショー作品を嘲笑うような挑発的作品である。しかも,『新・監禁逃亡 3 ~美姉妹・服従の掟』はエロオヤジにお勧めできるに過ぎないけれども,『運命じゃない人』はこれよりもっと楽しく面白く,万人が楽しむことの出来る傑作である。普通のつまらない人の出会いは,「運命的」とはまったく思われないかも知れない,しかしそれだけに人知れぬ数奇さが滲み出る,そういう感動があった。「知り合って電話番号を聞いておかなきゃ,二度と逢えないじゃねぇか!」— こういう通俗的真理が妙に心に突き刺さる,そんなドラマである。主演・中村靖日のあのどうしようもないパンピーぶりがいい。コミカルな悪女役・板谷由夏もキュートであった。こんな映画は定期的に観たいものである。

 
運命じゃない人 [DVD]
エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ (2006-01-27)

ああ,やっぱり映画は,映画館の大画面,大音響でビール片手に観たいものである。