昨夜,二時前くらい,寝ようかと思いつつふと Yahoo! を覗いたら,中国漁船衝突ビデオが YouTube に流出したことが報じられていた。たまげた。その YouTube 動画を閲覧しようとしたが,アクセスが集中しているのか,まったく画像が動かなかった。当然,今朝一番に日本中に衝撃が走った。会社でも「あれ見た?」とささやき合う社員がちらほらいたくらいである。日本全国,一日中,その話題でもちきりだったのではないだろうか。
私はこのビデオそのものにはもう何の関心もなかった。もう犯罪証拠として使うタイミングを逸しているので,いまへたに公開しても問題を非建設的に蒸し返すだけで,何の役にも立たないと私は考えていた。政府が極々限定的にしか国会議員に見せなかった理由がよくわかるのである。この流出ビデオを見て中国漁船の不当さがはっきりしたと考えている人は自己本意の思考法に囚われているだけのただの愚か者だ,と私は思っている。尖閣諸島海域が自国の領土だと主張する中国人の立場に立ってみると,「わが中国の海域に小日本の巡視船が不当に侵入して来たのに対し,同胞が英雄的行動で立ち向かった」との解釈がまかり通るのは明らかだからである。だから,このビデオが民主党政権攻撃の材料,反中世論の触媒にこそなれ,建設的な意味はゼロだというのだ。中国人船長,船という物的証拠を中国に帰してしまい,起訴しなかったいま,このビデオはもはやなんの意味もなくなってしまった。いわんや,わが国にとって尖閣諸島は領土問題ではないのだから,とにかく静かにするのがいちばん国益に適うはずなのである。騒げば騒ぐほど,領土問題の存在をアピールしたい中国の思うツボなのだ。
そこでこの流出事件。中国漁船問題への対応で菅政権に私は愛想が尽きたのだが,この流出事件で,逆に菅政権を応援したくなって来た。というのも,この事件で国家が内部から崩壊しはじめるようなイヤな音をしかと耳にしたような気がし,菅政権が倒れるよりもっと怖い事態に日本が晒されるような不安を覚えたからである。たとえ愚かな政府でもその要員たる国家公務員はその政策に忠実に従うべきであって,そのなかに確信的な裏切者がいると,組織は内部から壊れてゆく。そんな政府は誰からも信頼されない。国際社会は何より信頼で成り立っているのである。この最悪の事態への不安を払拭するのは,やはり菅政権でやってもらわないとならないからである。
ビデオを掲載した sengoku38 とは何者か。海保もしくは検察の者だろうというのが大筋の見立てである。沿岸警備として大いなるリスクを犯して中国漁船長を逮捕・拘束しただけに,政府の腰砕けの対応に海保の現場の人たち(彼らは命を張っているのだ)は怒りまくっただろう。それは痛いほどわかる。それだけに,海保の「憂国の士」がこれをなしたのではないかと考えるのも自然である。そのビデオを一般国民に知らしめるべきである,と考える気持ちもよくわかる。しかし,この行為は日本国政府の方針と合致しないということを認識し,国家公務員としてまず己の立場を自覚すべきではなかっただろうか。
sengoku38 氏の YouTube チャンネルを訪れると,視聴者による書き込みは「よくぞやってくれた,これぞ憂国の士」みたいな賞讃ばかりだった。こいつらは本当に日本のことを心配しているのだろうか。機密映像(それは一連の政府の行動から誰もがわかっているはずである)を敢えてインターネットに流す行動。これは政府が看過できない不正行為であるのは明らかである。しかも政府の内側の人間による行動。これは,どういう影響をもたらすか。このおかげで,内部に裏切者のいる日本政府の情報管理への不信感が世界に伝播・浸透し,友好国から重要な機密情報がしばらくは提供されなくなる危険性が絶望的に高まってしまった。裏切者の存在はテクニカルな管理手法のヘボさに比せられないくらい組織への信頼感を決定的に損なうのだ。ましてや,つい先日,公安警察国際テロ情報流出というヘマが明るみになったばかりなのだ。
sengoku38 氏が仮に海保もしくは検察に属する国家公務員だとしたら,この行為は,まずもって普通の国家情報統制観念からすれば,国家反逆行為に相当する。ロシアや中国なんかで,これに相当する行為をなすと,まず間違いなく重罪に処せられるはずである。命の保証すらないかも知れない。一方,日本では国家公務員が国家機密を漏洩した場合,国家公務員法で懲戒処分及び,1 年以下の懲役または 50 万円以下の罰金という程度でしか裁かれない。ところが,機密漏洩ゆえに日本に対する諸外国の信頼が失われるということになると,失われる国益は測り知れないわけである。
私も企業人として情報流出の怖さをよく知っているつもりである。顧客個人情報を社員が故意に流出させたというスキャンダルが一発出たために,会社が潰れた例はいくらでもある。どんなに情報管理を厳しくやったところで,情報にアクセスできる限られた内部の人間が故意に情報を漏洩することを想定しはじめると,管理もクソもなくなる。だから,最悪の事態になる前に違反者を厳しく罰するしかないのである。仮にもし私が日本の最高権力者だったならば(反実仮想の話ですよ!),草の根を分けてでも sengoku38 を探し出す。そして,この国家反逆の徒に対して国家公務員法の範囲での軽い罪に服せしめるだけではおそらく満足しないだろう。他の国家公務員に示しがつかないから。この情報漏洩犯・某は,じつは痴漢もやっていた,XX情報を北朝鮮に売り渡していた,などなど根も葉もない恥辱的罪状を警察と結託して捏造し,マスコミに面白おかしく書き立てさせ,さらに億単位の損害賠償を請求することによって,彼を経済的・社会的に抹殺するだろう。関係者にもそれに類したそば杖を食わせてやるだろう。
もちろん,これは私の頭のなかの話ではある。それでも,一見,国民に優しそうに見える日本国政府は,そういう汚い手をいくらでも思い着くのである。元財務官僚で東洋大教授の高橋洋一氏が財務省に睨まれた結果,「万引き」の罪を着せられて逮捕されたのをご存知ですか? 知的エリートに恥辱的罪をかぶせるのは彼の尊厳を奪う手法としてこれ以上のものはない(高橋洋一氏はへこたれませんでしたけど)。私の妄想とは少し違うにせよ,実際に日本の国家権力はそれくらいやるんである(外交でこそそういうしたたかな汚い手を使ってほしいと思わないこともない)。そして国家権力からそのように手酷く罰せられてもしようがないと思われるくらい,今回の情報流出は由々しき問題なのである。
国家公務員がいかに正義感にかられていようとも,己の飼い主である政府に噛み付くのは,ろくな結果を生まない。例えば,2.26 事件(この場合,国家公務員といっても軍属なんだけど)における青年将校はたしかに「憂国の士」だったかも知れないが,この事件ののち権力構造が歪み,日本が破滅の道を突き進んだのは明らかである。世の物見高い人たちが sengoku38 を英雄視しているのも,2.26 事件の当時とまったく同じように私には見える。こういうところにも私は大いに不安を掻立てられるのである。何かが崩れて行く音が聞こえる。尖閣ビデオが公開されると政局が紛糾すると私は思っていたが,まさかこんな最悪の事態を迎えようとは想像すらしなかった。
私はこの流出問題については菅政権を支持したい。菅さんには頑張ってほしいと思う。子供じみた強がり前原くん(こいつの浅はかさが尖閣漁船事案の元凶なのだ)の尻拭いをさせられている仙谷さんにはホント同情する。
※ 2011.11.12 付記
私は警察が動けば sengoku38 氏はすぐ捕まると思っていた。ところが,神戸の海保職員がビデオを流出させたと上司に名乗り出たらしい。いまはまだ任意で事情聴取を受けているという。私は「痴漢の現行犯で逮捕された海上保安庁職員が事情聴取のなかでビデオを流出させたことも語りはじめた」みたいな報道を期待していた。しかし,政府はやはり大人だったようである。
仕事の立場を利用して得られた情報をネットカフェから匿名でばらまく「告発の人」っていったい何でしょうか? この公務員を「憂国の士」みたいに囃し立てている人は,ホント〔中略〕じゃなかろうか。こいつら他人を「売国奴」呼ばわりするのが好きなんだが,この公務員こそ,己のくだらない功名心で己の飼い主を売っているのがどうしてわからないんだろうか? 「告発」なら堂々とするもんじゃないんでしょうか? ネットカフェから,— 隣の席では昼間っから仕事もせず(仕事が得られないからだとしたら可哀相だけど)に排外主義的・反中的・反韓的戯言を2ちゃんねる/Yahoo! コメントに書き込んでいるグータラ者(「ネット右翼」とはそういう暇人のことである)がいるネットカフェから,— 役所にバレると辞めさせられるかも知れないからこっそり YouTube に匿名でアップして,世間を騒がせてやろう,ってか? 匿名者がこっそりズルしてアップした情報の価値なんて,社会的にはゼロである。そんなズルでもたらされた匿名情報には一文の値打ちも認めないのが,健全なる社会(「民度」の高い社会)というものだ。
今回,日本政府が,「バレたらイヤだな」的 Yahoo! コメンタ/2ちゃんねらとどこも変わるところがないネットカフェ匿名男によって,はしごを外された — これこそ国辱である。日本政府の信用まるつぶれ。それは,情報管理の不備などという高級なことでは決してなく,こんな「ネットお騒がせ匿名野郎」を雇い入れているということこそが引き起こす,どうしようもない組織的不信感である。「あの国の政府には口の軽いガキがウヨウヨ雇われているらしいよ!」という不信感である。
だから「痴漢」の濡れ衣を国家権力から擦り付けられるくらいはしようがねぇと私は思っていたのだが,どうも政府はこんなチンピラ以下を相手にすると己の品位を落とすと考えたようである。逮捕も実名公表もされないかも知れない(ゴシップ週刊誌は放っておかないかも知れないけど)。ま,それでいいんじゃないでしょうか。