人民元弾力化/特許庁汚職事件

中国人民元相場が「弾力化」されたという。これまで実質的に固定相場であった人民元が,変動相場に移行した,ということのようである。製造業を基盤産業とする,日本と経済構造の似た中国は,元高になると輸出不振に陥り,日本がこれまでたびたび円高で騒いで来たような事態を招くことになる。かくも格差の巨大な中国の経済事情に,為替相場に依存する不安定な構造不況が訪れる可能性が出て来るとなると,中国の成長にも陰りが具体化して来るのか。逆に投資が活発になり金融資本主義が遅れて台頭するのか。経済のよくわからない私には予測がつかない。中国の様子しだいでは,日本も円高歓迎の風潮になったりして。民主党には円高容認姿勢の強い新自由主義者が多いのではないかと思うにつけ,あながち起こりえないことでもないと思う。円高を悪と見るのは,政府自民党が大企業の言いなりだったからである。

私の会社ではソフトウェアの開発において中国に発注することが非常に多い。昔はインド,韓国が多かったが,いまや中国が他を圧倒している。しかし,人民元相場が高くなると,中国からの調達のメリットが当然下がって来る。そういう流れのなかで,いまヴェトナム調達が注目を集めている。中国人とは違い,ヴェトナム人は日本の品質管理を崇拝していて,いまや日本人以上に品質に対して真剣に取り組んでいる。しかも単価は安い。技術者は日本語も一生懸命勉強している。日本語がわかり,品質指向において日本の若者より優れ,しかも安く雇えるとなると,誰が日本の若者を雇うだろうか?

かつては品質・性能へのプロフェショナルなこだわりにおいて日本人プログラマは圧倒的に優れていた。日本人プログラマの品質の高さは,その高い単価のデメリットを補って余りあるものだった。しかし,残念ながら,いまや日本人プログラマにはそのプロ意識は失われている。だから,品質にもうるさく単価も安いヴェトナム人がさらに技術を磨いて来るとなると,日本人プログラマを使えなくなるのである。なんで無理して雇わないといけないのか? それで雇用不安になるのはいったい誰が悪いのか。「自己責任」だろうか?

ヴェトナムは 8,600 万人の人口のなんと 70% が 30 歳未満の若い人々から成るのだそうである。おそらくヴェトナム戦争による影響だろう。日本のような老人国は,こうした新興国の前にいまの地位を維持し続けることができるのか? 悲観的にならざるをえない。なんか話が曲がってしまった。

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今日夕方4時過ぎ『特許庁審判官を逮捕 NTTデータ側から収賄容疑』のニュースを部下から知らされ,大いに驚いた。溜池の会社事務所を出て,目と鼻の先にある特許庁に野次馬根性で行ってみると,報道関係者が庁舎入り口に集結していた。

これ,現場関係者による悪質なチクリに間違いない。事件は特許庁の事務処理システム調達に絡むとされている。TBS が報じた,庁内事務処理システム調達情報の T 社流出問題と関連があるのかも知れない。今回の被疑者がそれに関与したということではなくて,その問題を逸らすなどの間接的な意図が働いたとか,そういう想像を起こさせるくらいの意味である。特許庁ともなると同じ仕事にたくさんの業者が関っていて,首を傾げるような風景も目にするものである。

「悪質なチクリ」と言うのは,この事件に私はまったく犯罪性の臭いを感じないからである。この特許庁審判官は業者から「タクシー代などとして計約二百数十万円相当を受け取った」収賄容疑で立件されたという。「相当」ということは現金は受け取っていないということである。これ,システム開発のトラブルで業者とともに作業が深夜に及び,その都度業者が申しわけの意味も含めて — 上長から自分のために預かった,自腹の痛まない — タクシー券を譲った,そういう状況が度重なったに過ぎない,と私は考えている。私も顧客に同じようにタクシー券を上げたことはなかったか? 顧客と呑みに行って,代金を会社の接待費で落としたことはなかっただろうか? 週 1 回,3 年くらい続けば,被疑者の自宅・小田原までのタクシー代は 200 万くらい裕に越えてしまう。確かにこれは「贈収賄」に違いないわけだが,「犯罪」として立件するほどのインパクトがどこにあるのか? またこの「贈賄」で NTT データが具体的に何の受注を得たのか,要するに贈賄の目的は何だったのか? ちょっとこの事件に今後も注目したいが,私はおそらく捜査過程でこの追及はなされないような気がしている。そして,まず間違いなく,マスコミは警察の言うことを鵜呑みにするだろう。不起訴で終わることを祈る。

私も仕事の上で国家公務員との付き合いが多い。彼らは本当によく働く。一緒に仕事をしていると彼らとのヘンな一体感に捕われ,「便宜供与」まがいの行為を知らず知らずやってしまう可能性は否定できない。公務員倫理法施行以来,一緒に呑みにいくなんてことはとんとなくなった。それでも,こんなつまらないことで罪に追いやられる彼らとの付き合いにおいて,改めて慎重にしなくてはと肝に命じた。