聖三稜玻璃・結婚記念日

山村暮鳥を再読していて,この詩人の詩で三善晃が作曲した歌曲をいま再び聴きたくなった。ソプラノとピアノのための組曲『聖三稜玻璃』(1963 年)。20 年以上も昔,学生時代に聴いていた LP レコードを見つけ出すのにひと苦労した。ソプラノ・大蔵坦子,ピアノ・木村潤二による 1969 年の録音。1985 年にキングから発売された 1,500 円の廉価盤。

山村暮鳥の詩は,大正日本の急激に進化した暗い知性の魁である。その後萩原朔太郎によって確立された静かな倒錯を先取りしている。『聖三稜玻璃』,『黒鳥集』のあたりを読むと,小さな動植物の静物画に張りつめた狂気が漂うのを覚える。「聖三稜玻璃」とは聖なるプリズム。日本の新時代の詩人がなにか曲折を経た現実像に囚われはじめたことを象徴している。

つりばりぞそらよりたれつ
まぼろしのこがねのうをら
さみしさに
さみしさに
そのはりをのみ。
『いのり』—『山村暮鳥全詩集』彌生書房,1964 年初版,102 頁。

三善晃の歌曲のテクストは,「さみしさに」が「さみしらに」となっている。この歌曲集を聴くと,三善は暮鳥の静物画に隠された静かな狂気をうまく音楽表現として伝えていると思う。魚になった私は,空から垂れ下がって来る釣り針にじっと見入り,どうもそれを呑込む運命にあるらしい。寂しいから。

このレコードの解説者は,三善晃のなかの古典主義者とロマン主義者の二つの顔の相克について語っている。悲しいかな,これは組曲『聖三稜玻璃』の音楽について何も語っていない。古典主義,ロマン主義,といった抽象的な用語を弄ぶのなら,西欧の伝統と現代日本との相克とでも言ってくれたほうが,よっぽど三善音楽の悲壮感を表していると私は思う。

しんじつひとりのきみゆゑ
ひともとのききやうをてをる
『ほんねん』—同書,105 頁。

私の本棚にある山村暮鳥全詩集・彌生書房版はとうに絶版になってしまっているので,簡単に入手できる詩人文庫版を挙げておく。三善晃の組曲『聖三稜玻璃』は,藍川由美による気合いの入った CD に収録されている。山村暮鳥の詩,三善晃の音楽は,幸か不幸か,私にとって「日本の詩,音楽」の原風景である。
 

高原断章~三善晃作品集
藍川由美
(株)カメラータ・トウキョウ (2005-11-13)
* * *

今日,5 月 5 日は 20 年目の結婚記念日だった。妻,娘と武蔵小杉でしゃぶしゃぶを食べた。息子はデート。新婚夫婦の新居のために買ったウチの日立製冷蔵庫も 20 年使ったわけ。娘がクレヨンで夫婦の絵を描いてくれた。