年の瀬・アフマートワの『夕べ』

御用納めとなり,2009 年も残すところ二日となってしまった。先頃,今年を象徴する漢字は「新」ということが清水の舞台から公にされたが,それぞれ皆,各々の今年の一文字があるかと思う。私の場合,不況でまったくつまらない今日この頃,「暇」であった。また死ぬほど顧客に虐められ,トラブルで火を噴く現場の喧噪に包まれたい,という思いも無いわけではない。

妻にせっつかれてやっと年賀状を作った。娘の描いた虎の画をスキャンして,Mac OS,Adobe Photoshop で加工し,Illustrator で文字周りをぺぺっとレイアウトして 30 分で完了。とりあえず 50 枚印刷。

公開したばかりの OldSlav について,奥村先生のサイト TeX フォーラムにおいて,観点鋭くかつ学術性にも配慮した指摘をいただいた。自分の用途に足りるレベルで作ったものを公開しているに過ぎないのだけれど,ハイレベルな反応をもらうとなんともうれしくてたまらなくなる。教会スラヴ語日付様式の典拠,韓国語 inputenc との共存など,重い課題が多くて,システマチックにその指摘に対応するのは難しいところがあり,いま手元にある文献や試験環境でできる範囲で設計を見直し,訂正して,今日公開した。SlavTeX オリジナル CP866 コード入力での互換性は inputenc との絡みで今回犠牲にした。だいたい今や誰も使わないエンコードに拘っても意味がない。ダウンロード頁から oldslav-1.1.{tar.gz, zip} を落としてお使いください。

明日は我が家の大掃除。ここのところ仕事から帰宅したあと OldSlav の改造に夢中になってしまい,妻から家事を手伝わないと責めまくられている。

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アンナ・アフマートワの詩集『ヴェーチェル(夕べ)』を工藤正廣訳(未知谷刊)で読む。ロシア詩のスタンザ毎に短歌として訳した珍しい翻訳である。工藤先生も健在だなあ,という思いがこの書を手にしたそもそもの理由である。

アンナ・アフマートワは 20 世紀ソヴィエトの女流詩人。彼女の詩は,至る所に死の匂いが染み付いている。己の死後の現実の感触を透視し聞きとろうとする心の闇がある。「あまりにも生を望みしそのわれの冷たき屍手おくひとなし」(p. 115)。スターリンの大粛正で夫(第一級の詩人ニコライ・グミリョフ)が銃殺され,わが子がシベリヤ送りとなったこの天才にあって,死の日常性が事物に取り憑いてさりげなく漂うのは,文学的衒いでもなんでもないのである。

夢おそく不眠の窓にまた白くご機嫌ようと白きカーテン(p. 15)
氷結し狭き運河の流れずにおゝ新しきこともなき地よ(p. 49)
太陽の記憶こころに弱まれば闇のこの夜にまさに冬来る(p. 50)
日没に針葉の森消えゆくを見つつ聞きおりきみに似し声(p. 110)
酩酊の葡萄匂える遠景にわれ惜むなしきみ虚無の声(p. 164)
 
夕べ―ヴェーチェル
アンナ・アフマートワ
工藤正廣・短歌訳
未知谷