ロンドン在住のロシアの作曲家ドミトリ・スミルノフから CD が届いた。先の 2 月 6 日に,ロンドン王立音楽院デュークスホールで行われた "Op.140 DREAM JOURNEY (夢は枯野を Yume wa kareno wo - ГРЁЗЫ СКИТАНИЙ) 17 Haiku by Matsuo Basho for soprano, flute, clarinet, violin, cello and piano (in Japanese), 2003--2004." 初演演奏会の録音である。演奏は,ソプラノ:エリカ・コロン,ピアノ:アリッサ・フィルソヴァ,フルート:ツ・カオ,クラリネット:ルーシー・ダウナー,ヴァイオリン:リサ・ウエダ,チェロ:ジェシカ・ヘイエズ,指揮:イアン・アンダーソン。私は芭蕉テクストの準備でほんの少しだけお手伝いをしたに過ぎないのに,彼は今回のコンサートについて案内メールをくれただけでなく,その録音 CD まで送ってくれたのである。
私はこれまで,Sibeliusmusic.com で配信されている Midi でしかこの曲を聴いたことがなかった。今回,ロンドン王立音楽院デュークスホールでの世界初演でようやく実演として聴くことができるようになった。受け取ってすぐ,作曲当時スミルノフからもらった総譜を見ながら,CD を聴いた。
作品は芭蕉の 17 の俳句を,俳句構造と同じ 5-7-5 の三部構成で配置する。各曲の楽器編成もシンメトリカルなものである。「古池や」のもっとも芭蕉らしい句から「夢は枯野を」の最後期に至る 17 句を配列し,人生としての旅というその詩精神を音楽に昇華させようという試みである。スミルノフは作品ノートで次のように書いている。この言葉からも,本作品をこれまでの彼の音楽的思想のひとつの総合として位置づけている,そんな意気込みが伝わって来る。
Japanese art and poetry have attracted me all my life especially because of their ability to say everything with just a few strokes or words. Their laconism and compression of ideas have an intensity that is matched only in some great music. And in my own music I have always tried with varying success to match these qualities. — 日本の芸術と詩は,わずか数行,数語で一切を語る力量ゆえにこそ,これまでの生涯を通じて私を魅了して来た。その思想の簡潔,凝縮はある偉大な音楽のみに相応する集中力を備えている。そして,私は自分の音楽においてこれらの特質に和するよう常々いろんな試みをなしつづけて来たのである。(試訳)
素晴らしい作品であった。第一曲 "A Frog" (「古池や...」) はドビュッシー風の歌い出しであるが,全体を通して聴いた印象では,断片的な声の潮が,篠笛のような蕭条たるフルート,クラリネットの風,ピアノの冷たく清楚な透明感,弦の濃密な凝縮感のなかで漂い,日本風の枯淡と,寡黙で超越的な音響とを表現していた(意味不明。でも,私の素直な感想である)。エリカ・コロンの独唱をはじめ,ロンドン王立音楽院の若い室内楽奏者たちも,現代的音楽に特有の複雑・難解なテクスチャを正確に辿って,気清かで気品があり,かつ集中力・緊迫感のある演奏を聴かせていた。私は No.6 West of East, No.11 Lonliness, No.15 Dead Leaves がとくに好きである。
この録音 CD はプロモーション盤である。一般に流布されるかはわからない。彼の音楽はペーター・エートヴェスや,オリバー・ナッセン,ヴァシーリイ・シナイスキイ,ゲンナジ・ロジェストヴェンスキイ,アンサンブル・モデルン,ブロツキイ・クヮルテットなど,優れた現代音楽演奏家に取上げられ,数あるレーベルから CD が発売されているので,Dream Journey OP. 140 の録音もそのうち出るだろう。
※ 以下2009/2/23付記
スミルノフのプロモーション・レーベルである Meladina-Record から,"Dream Journey" コンサート CD を注文できるようになったようである。型番は MRCD-60 Smirnov: DREAM JOURNEY。興味のある方はスミルノフの CD 頁にあるアドレスに E-mail (英語かロシア語で) を送って注文できる。是非聴いてほしい。
Facebook のスミルノフの頁にコンサートの模様の動画が掲載された。
※ 以下2009/2/26付記
Facebook の動画のアップロードが全曲完結し,すべてを視聴できるようになった。素晴らしい。これは誰でもアクセスできるようである。
第一曲 "A Frog 古池や" が YouTube でも公開された。下に張り付けておくので,現代音楽ファンは,是非ともご覧ください。第二曲以降も公開されるかはわからない。
※ 2010.12.18 付記
その後,本作品全曲の動画が YouTube で公開された。本ブログ記事『D. Smirnov, Dream Journey op. 140 on YouTube』にリンク一覧を掲載しておいたので,お楽しみください。