バエフスキイの文芸理論書

В. С. Баевский ヴァヂム・バエフスキイの著書二冊が Ozon から届く。ひとつは «Лингвистические, математические, семиотические и компьютерные модели в истории и теории литературы» М.: Языки славянской культуры, 2001,邦題『文学の歴史と理論における言語学的,数学的,記号学的,コンピュータ処理論的諸モデル』(2001)。いまひとつは «История русской поэзии: 1730-1980 гг. Компендиум» Изд. 2-е, исп. и допол. Смоленск: Русич, 1994,邦題『ロシア詩の歴史 — 1730 年から 1980 年まで』(1994)

バエフスキイの書いたものについて私の知るところのものは,ソヴィエト科学アカデミーから出たプーシキン研究年報 «Пушкин: Исследования и материалы» АН-СССР. Ин-т рус. лит. 邦題『プーシキン — 研究と資料』の 1989 年版に掲載された彼のプーシキン研究論文 «Тематическая композиция «Евгения Онегина» (Природа и функции тематических повторов)» 邦題『「エヴゲーニイ・オネーギン」のテーマ論構成 (テーマの繰返しの特性と機能)』だけだった。この論文は目の付けどころが私には出色であった。例えば,『オネーギン』において時刻を知るというモチーフについて,ブレゲ時計 (モードな機械),胃 (空腹・腹時計),食卓 (牧歌の伝統的刻限) という別な方法が三度繰り返されることにより,それぞれの様式的差異が前面に押し出されるプーシキンの手法を明らかにしている。私の『オネーギン』論の結論を補強するのに資するところとなった。そういうわけで興味をもったバエフスキイの著書を Ozon で見つけて,思わず発注してしまったのである。

『文学の歴史と理論における...』は詩の研究において数理統計的分析手法とそのための対象のコンピュータ処理モデリングについて述べている。確率・統計の数学的理論の説明も豊富である。私自身,文学作品の特徴解析において統計学を援用しようとする考えにたいへん関心をもっている。こういうロシア文学への珍しいアプローチの書籍に出逢うと,自分で訳してみたくなる。計量文体論に興味をもち,ロシア語を解するひとはぜひ読んでみてほしい。

『ロシア詩の歴史』はこの著者なりの見方だと思う。道標にする詩人にそれが現われる。20 世紀の記述ではロシア 19 世紀末のデカダン詩人インノケンティ・アンネンスキイ (デカダンとはいえそれは「詩」の世界の仮構的像・見立てであって,アンネンスキイそのひとの実生活は生徒から尊敬された学校長であり,実直そのものであった。これがまたいい詩を書いているんである) から説きはじめているのに個性を感じた。

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