DVD でロシアのテレビドラマ『懲罰大隊』(原題 "Штрафбат") を観た。これは 2004 年,ニコライ・ドスターリ監督による全 11 話からなる戦争ドラマである。主演は,アレクセイ・セレブリャコフ Алексей Серебряков(大隊長トヴェルドフレーボフ役),ユーリー・ステパーノフ Юрий Степанов(グリモフ役),アレクサンドル・バシーロフ Александр Баширов(スティラ役)他。
第二次大戦中ソ連では,政治犯,刑事犯からなる懲罰部隊を組織して,危険な陽動作戦や捨て戰に動員したようである。彼らの武装も兵站も乏しいものだったようで,作品でも兵士はもっぱらドイツ軍からの分捕り兵器を携えていた。この軍団は前線で前からは敵に撃ちまくれ,撤退しようとすると後ろからは自国の保安部隊に撃ちまくられ,というような逃げ場のない絶体絶命にさらされた。なにしろこのころのソ連はスターリンの粛正で政治犯が大量に発生した時代であり,作品最終話のエンディングロールによれば,懲罰部隊は 1,049 も存在したのである。彼らは皆,シベリア強制収容所ゆきと同様,全滅覚悟の戦闘に投入されたのだろうと想像される。
ちょっと非現実的な設定ではあるが,正教神父ミハイル(ドミトリ・ナザーロフ Дмитрий Назаров)が物語の途中から,ロシア正教聖職者のあの黒衣に十字架を下げた長髪姿でこの懲罰大隊に仲間入りして,戦闘に参加したり,兵士のために祈りを捧げたりする。作戦を前に,並ぶ兵士たちに神父が順番に十字を切るシーン。兵士のひとり「僕はムスリムですけど祈ってもらえますか?」— ミハイル「もちろんだ」。ロシア人の神の姿を知ることのできる感動的なエピソードであった。
из серии 11 «Штрафбат»
兵士の描き方はロシアらしく底抜けに明るい。ことあるごとにアコーディオンやギターを持ち出してきて下品な小唄を歌う。日本の戦争ものが,主人公のフラッシュバック — たいていは愛する人の思い出と平和な時代の幸福な記憶 — によって,涙をそそるばかりであるのと比べると対照的である。次は,作品でスティラの歌う戯唄である:
すべては前線で起こった
戦場でヤギに出会った
爆弾で首がちぎれてた
思わず自分の首を確かめた
ヤカンが沸騰してた
爆発したら小隊は全滅だ
ヤカンからお湯が漏れてる
自分のを触ったが漏れてない
戦場から遠く離れた本部で
偶然友達に会った
彼の胸は勲章だらけ
自分の胸に触ったが何もない
第二次大戦でソ連は 2,000 万人もの人々が犠牲になったという。200 〜 300 万人とされる日本人犠牲者と比べ桁が違う。もうこうなると,「一人の死は悲劇だが,大量の死は統計でしかない」というスターリン語録ともども,唖然とさせられる。作品のなかでも,このスターリンの有名な言葉が引用され,「俺たちが死んだって,悲劇なわけないよ,ただの統計さ」という主人公たちの台詞が出てくる。ソ連人が大量に死んだ要因は,概してロシアの国土が近代総力戦の戦場になったこと — 同様に,自国が戦場になった中国も日中戦争で 1,000 万人が亡くなったとされる — にあるが,軍指導者の無謀な作戦によるところも大きかったようである。ドラマの最後に出てくるドイツ軍参謀の台詞がそれを物語っている —「ソ連人の寛大さには感嘆を覚える,恐怖もな。もし我が軍が豊富でもこれほど兵力をムダにしないだろう」。
スターリンの皮肉な引用といい,このドイツ人の台詞といい,このドラマではかつてのソ連の戦争指導者に対する風刺が効いている。海外ジョークでは日本の戦争指導者の無能さが嗤いの対象となっているが,ソ連でも事情に変わりがなかったようである。戦争で偉そうにしているのは,スティラの戯唄にあるとおり,「戦場から遠く離れた本部」にいて勲章をぶら下げる者ばかりであり,これは洋の東西を問わない。いま現代の日本であの侵略戦争を肯定しているのも,実際の戦争を知らない者ばかりである。あの「大東亞戰爭」に軍国的憧憬を抱く若いナショナリストたちは,靖國神社・遊就館に佇み,戦場で英雄になっている己を幻想するとき,「自分の胸に触ったが何もない」無名一兵卒なんかではなく,たいてい「司令官」を気取っているんではなかろうか。「美しい日本人」だこと。
それにしても,この作品でのロシア兵の煙草の吸いっぷり,酒の呑みっぷりはやたらとカッコいい。オーストリア・イムコ製のオイルライターで同じ火を二人の兵士が分け合うシーンがあり,芸が細かい。おそらくこれもドイツ兵からかっぱらった一品だったのだろう。やはりドイツ軍の隠し倉庫から盗み出したラム酒を爆音に晒されながらスティラがラッパ呑みする。「死んだ戦友たちに」と唱えて,一斉に兵士たちが二指分濯いだコップ酒を,背を反らせて一気呑みする。私も学生のころ,ロシア映画の同じようなシーンを真似て,生のウォッカを呷り数杯で意識を失ってしまったものである。
ちなみにこの日本版 DVD の題名『捕虜大隊』は誤訳であって,正しくは『懲罰大隊』である。というか,商売上の作為を感じさせる誤りである。「捕虜」のほうが戦争ものの既成のイメージを抱かせやすく,興味を掻き立てるからだと思う。というのも,作品本編の字幕では "Штрафбат" というロシア語が『懲罰部隊』ときちんとした日本語訳になっているのだから。