トマシェフスキイ『文体論と作詩法』

Ozon から書籍が届いた。Е. А. Маймин, Русская философская поэзия, М: «Наука», 1976. (Е. А. マイミン『ロシアの哲学的詩』),Академия наук СССР Институт русского языка, Новые материалы к словарю А. С. Пушкина, М: «Наука», 1982. (ソヴィエト科学アカデミーロシア語研究所編『プーシキン語彙辞典新資料』) と Б. В. Томашевский, Стилистика и стихосложение, Л: «УЧПЕДГИЗ», 1959. (Б. В. トマシェフスキイ『文体論と作詩法』) の三冊。いずれも古書で掘り出したもので,なかでもトマシェフスキイの著書はずっと古書で出るのを待ち望んでいたものである。1959 年の出版なので来年には刊行後 50 年ということで輸出禁止となる,そういうぎりぎりのタイミングで入手できたことが嬉しかった。

ボリス・トマシェフスキイはプーシキン研究史において金字塔ともいえる地位を占めている。有名なアカデミー大全集以降のソヴィエトにおけるすべてのプーシキン全集校訂を任されているように,プーシキン・テキスト校訂の権威であり,『プーシキン語彙辞典』,『ウシャコフ編ロシア語解釈辞典』の主要編纂者でもある。ユーリー・ロートマンとならんで,私がプーシキン研究でもっとも影響を受けた研究者のひとりである。彼はロシア・フォルマリズムの伝統を受け継ぐ文芸理論家としても世界的に有名であり,日本でもせりか書房から出た『ロシア・フォルマリズム文学論集2』に彼の『文学の理論』が収録されている。私は学生時代,西ドイツ Fink Verlag München から出版されていた Slavische Propyläen 復刻版シリーズの一冊 Б. В. Томашевский, Русское стихосложение, Петербург, 1923. (トマシェフスキイ『ロシア作詩法』) で,ロシア詩の勉強をしたものである。本書『文体論と作詩法』も彼の文芸学研究者としてのもっとも優れた業績のひとつである。『昔話の形態論』で世界的に有名な文芸理論家ヴラジーミル・プロップが本書の責任編集を担当している。

トマシェフスキイの文章は,文芸理論家によくあるような独自の専門用語を小難しく使って理論展開するタイプではなく,文体だとか,形式と内容,詩と散文,リズムと韻律だとか,一般的に使用されている概念を分りやすく説明してくれるところに大きな特徴がある。本書も学生のための教科書として書かれたものであり,その例外ではなく,たんにロシア詩を学ぶものだけでなくひろく西欧文学を学ぶものにとってもとても参考になる文献だと思う。日本のスラヴ学研究者のどなたかが翻訳・刊行してくれないものか。

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