麗羅『桜子は帰ってきたか』

まず,タイトルが豪速球のストレートのように真摯である。イエスかノーか,帰ってきたのか途中で倒れたのか,生か死か。作品は日本と朝鮮の歴史上もっとも過酷な時代をまじめに描いた,思わせぶりのないロマンである。ソ連が侵攻した終戦直前の満州と昭和56年の平和な日本とを描き分ける。戦争中の罪と罰,愛と苦悩が主人公とその子の世代の運命とを決定づける。そんな筋書きはまさに歴史の姿ではないだろうか。桜子と世津子の二人の女主人公は,聖と俗,清浄と汚辱という対語が頭に浮かぶくらいその性格・運命が対蹠的ではあるけれども,ともに歴史の落とし子の象徴であるという意味で,むしろ等価な存在なのだ。

この小説本は,大学の卒業のころ友人からもらった何冊かのうちの読まずに死蔵していた一冊である。なぜかふと手に取って読みはじめたら,止まらなくなった。作者は昭和初期に来日した韓国人作家である。在日韓国人の文学には一種独特の暗い勁直さがある。麗羅のこの作品も少しごつごつしてはいるがケレン味のない美しい文章で魂を打つ。こういう文学を読むと日本も朝鮮も偉大な歴史を歩んだのだと思う。麗羅の名は最近とんと聞かないが,他の作品も探してみたいと思っている。