今日,夫婦で映画を観た。BABEL。
いろんな言語が飛び交い,さまざまな風景,風俗が交錯するまさに混沌の世界。聾唖者が主人公のひとりであるということが,他者からの疎外感に覆われたこの世界をなによりも象徴している。言葉や習慣,政治思想,生活様式があまりに多様で相互理解が成り立つなど期待のもてない世界にあって,泣く・抱き寄せる・手を握るという行為が抜き差しならぬ意味をもつ。
スーザン(ケイト・ブランシェット)の放尿をリチャード(ブラッド・ピット)が手助けするシーンが印象的だった。人間関係のなにかが互いに再確認されたことが判る。登場人物の誰をとっても英雄的ではないが立派な,常識を知る大人である(ここがこの映画の核心であると思う)。なのに一丁の猟銃がもとで悲劇に巻き込まれてゆく。しかし大人であるがゆえに,この小水のシーンのように,なにかを取り戻すことができる。
そんなことをつらつら反芻しつつ,映画のあとで家族みんなでお好み焼きを食べた。「主役の女の子が真っ裸になるところがあったんだよ!」と言うと,「ヘンタイだし」と子供たち。まあ大人にならないと解んねえだろうな。久しぶりに硬派の,よい映画だった。日本の風俗描写に外国映画特有のエキゾチズムが全くないこと自体,出色のハリウッド映画か。妻は音楽がとてもよかったと言っていた。