和楽器バンド

2011 年 3 月 11 日の東日本大震災の後,日本人,日本の文化について少し考えるようになった。松尾芭蕉の俳諧文藝などの古典文学だけでなく,日本の音楽的伝統の現在における行方も追うようになり,その面白い類型として,はなわちえの津軽三味線の演奏動画を YouTube でよく視聴したものである。

はなわちえは,伝統的邦楽の枠組みから出て,津軽じょんがら節など三味線のジャンルの定番とともに,ポップスの要素を取り入れた楽曲を演奏するプロフェショナルである。その演奏スタイルは,その和服姿の美貌もさることながら,極めてクールだった。そう,忘れられようとしている日本の伝統を取り入れることで,西洋にはない日本プロパーの驚くべきカッコよさを見せつけてくれたのである。

はなわちえの動画を久しぶりに視聴するなかで,最近の音楽体験としてもっともビビッドな発見をしてしまった。和楽器バンドの『千本桜』の動画を視たのである。はなわちえにみたジャポニスムの,和楽器バンドというロックにおける究極の姿に,我を失うくらい感動したのである。

和楽器バンドは 2014 年のデビュー。この三年,俺はいったい何を視,何を聴いていたのか。なぜ彼らの活動に目を留めなかったのか。その間,確かな耳を持つ日本の若者たちは,和楽器バンドという新しい音楽的試みを圧倒的に支持し,熱狂していたのである。遅ればせながら,俺も和楽器バンドの最新リリース『軌跡 BEST COLLECTION+』を予約購入した。17 の楽曲からなる CD 1 枚と,16 曲のミュージックビデオクリップを収録する DVD 2 枚のセットである。

20171207-wagakkiband.png

和楽器バンドは,箏,尺八,津軽三味線,和太鼓という和楽器に,ドラムス,ギター,ベース,ボーカルを加えた器楽編成である。となると,当然,形式的問題が頭に飛来する。音量の問題で,アコースティックな和楽器は,和太鼓は別としても,電気仕掛けの洋楽器にはとうてい対抗できず,音として埋もれてしまうだろうということが。このグループの発想は面白いけれども,楽器法の形式的理解が足りないのではないか,と。

しかし,和楽器バンドの音楽は,楽曲構成とプレイヤーの技量によって,想定されるこの形式的問題を見事に解決していた。イントロ,間奏,大音響の終息後の静寂において,和楽器の音をうまく露出させることで,音色の個性のみならず和楽の特徴的モチーフによって楽曲全体に和の個性的色彩をもたらすことに成功している。尺八の音程の揺れ,掠れ,鋭さ,多様な色彩。二十五絃箏のトレモロ,グリッサンド,ポルタメント。三線の音の跳躍,ビブラート。和太鼓の腹に滲みる低音の唸りと奏者の声,合いの手。どれもが一流である。こうして和楽器バンドは,工夫とテクニックによって,ライブにおいても確かなパフォーマンスを発揮できるロックバンドとなったのである。

和楽器バンドの和様式は,箏,尺八,津軽三味線,和太鼓という楽器構成のみならず,鈴華ゆう子のボーカルの唱法そのものによってこそ支えられている。リズムに細かい歌詞を載せていくに際してのトリッキーなシンコペーション。詩吟の節調(こぶし)による微妙な音ずらし。日本の伝統的音階・旋法に由来すると思われる,クライマックスにおいてドミナントに解決しないボーカル・ライン。腹式呼吸法の変化に応じた声の収縮・膨張。こうした日本伝統的唱法楽理に裏打ちされた彼女の高度なテクニックに,眼を瞠らさせられる。ロックというジャンルではじめて和の真骨頂を見せられた感覚がある。花魁風の和装,扇を手にした詩舞様式に基づく振り付けも,激しいロックの音塊のなかに和の秘めた華やかさ,緩やかさ,静けさを演出していて,ヴィジュアルにおいても,むちゃくちゃクールなんである。

『千本桜』が和楽器バンドの代表作とされているが,俺的にはなんといっても『天樂』が,楽曲としても,ヴィジュアルとしても,最高である。尺八はかくも高い音を出せるものなのか。そして,『華火』,『Strong Fate』。

目が眩むほど美しい うたかたに揺れた音で貫いて 天樂を…

Posted by 鈴華ゆう子

和楽器バンド。日本のロックもやっとここまで来た。そう言祝がずにはおれなかった。