亡父の初盆

八月四日,大暑末候,気温 36 度の猛暑に噎せ返るくらいの日和に,大阪東住吉にあるお寺で,今年四月に逝った父の初盆会。

お坊さんに盂蘭盆経を読経いただいた。地方によって,お盆会は旧暦七月十五日に執り行う習わしで,盂蘭盆経にも七月十五日の日付が頻繁に出て来る。ま,お寺との日程調整でこの日にお願いした次第である。盂蘭盆とはサンスクリット語 ullambana に由来するもので,餓鬼道に堕ちた亡者の苦しみを除こうとした供養が始まり,とのお坊さんのお話だった。

芥川龍之介の蜘蛛の糸,盂蘭盆経にある地獄に堕ちた目連尊者の母について法話は,興味深かった。芥川の有名な小説の逸話はエゴイズムをテーマとしているわけで,自分だけ救われようとしたがために,主人公・カンダタは蜘蛛の糸が切れてしまい地獄から救われずに終わる。盂蘭盆経の目連尊者の母が餓鬼道に堕ちたその理由というのは,母子家庭であった目連の母が我が子を思うあまりの現世の業だった。貧困母子家庭が社会問題になっていることも頭を過る。カンダタは窃盗,殺人も犯しており地獄堕ちは当然のように思われるのに,踏みつぶすのをやめて蜘蛛を救ったただ一回の善行により,お釈迦様の思し召しで蜘蛛の糸のチャンスを得た。それに比べれば,目連の母の餓鬼道堕ちは非情である。あまりに恣意的ではないか。御仏は酷なり。

ところで,このお若いお坊さん,法話の語り始めに落語の枕のように語ったところとして,先日ミナミで終電に遅れてタクシーを使ったら,ウンちゃんが道を知らず南も北もわからず,往生しましてんとの由。「夜中までミナミでナニしとったんや,袈裟のなかにホステス抱えとったんとちゃうかぁ」と,俺は生臭さにちょっと笑ってしまう。このお坊さん,俺の腕時計(去年の誕生日に妻から貰った pierretalamon 製品)を認めて,「もしや旦那はん,それパテックフィリップやおまへんか」。「ちゃいます,ピエールタラモンいうて,ハッキリいうてパテックフィリップの紛い物です」。ブランドにも目敏い。生臭さにちょっと笑ってしまう。

そういえば,堂にアヴァンギャルドな写真(いろんな目があんたの悪さ見とるでぇ,なのか,なんでもお見通し,なのかはわからんが,目,目,目の写真)が飾ってあったり,古風な時計と黒電話があったりと個性的なお寺であった。黒電話なんて,このごろは北朝鮮のキムくんの頭にしかないものと思っていた。「金正恩ってネットで黒電話って呼ばれているの知ってる?」というと,さすがに妻は知らなかった。「あの髪型,まるで黒電話の受話器みたいじゃねえか。エリンギって言うヤツもいるらしいけど」。受けた。

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お寺の本堂のアヴァンギャルドな写真,黒電話,時計

帰りのタクシーのなかで母が「おじいちゃん,亡くなるとき,うちが『これからどないしたらええねん』言うたら,『どうでもええわ』言いよった」とポツンと言う。今際の際の親父に俺は「ほら,『ボロクソや』言うてみ!」と叫んで,励ましたつもりだったのだが,親父は「もう死ぬ。どうでもええわ」と静かに口にして亡くなった。母はまさにそのときの親父のことばを「死んだあとのうちのことなんかどうでもいい」と受け取ったようである。「そんなことあらへんで」と俺。親父は自分の死ぬところをきちんと家族に見せつけてあの世に行った。俺はそれで十分である。

実家に帰宅してふとカレンダーに目をやると「鳴かぬ蛍が身を焦がす」とのことわざ。人の心の見えるものと見えないものについて少し考えた。