UNKNOWN

アメリカ映画『UNKNOWN』を観た。2011 年,ジャウム・コレット=セラ監督作品。リーアム・ニーソン,ダイアン・クルーガー,ジャニュアリー・ジョーンズ,ブルーノ・ガンツ他の主演。

バイオテクノロジー国際学会出席のため妻とともにドイツ,ベルリンを訪れたマーティン・ハリス博士(リーアム・ニーソン)は,自動車事故で四日間生死を彷徨い,昏睡から目覚めると,記憶を失っていた。パスポート,身分証明書を失い,自分が誰かすら証明できない事態になっていた。自分の所持品を確かめるうち,少しずつ記憶が蘇って来る。妻ベス(ジャニュアリー・ジョーンズ)とベルリンのホテルで学会に出席する予定だったこと。予約したホテルに駆けつけると,果たして愛する妻を認めた。ところが,ベスは自分を知らない男だと言う。しかも見知らぬ男が自分の名を名乗り,妻と学会のパーティーを楽しんでいる。頭のおかしい不審者としてマーティンはホテルを追い出されてしまう。

正気なのは自分か,周囲の人間か。このような自己の記憶と現実との乖離,アイデンティティーの混乱から物語が始まる。自己を取り戻そうとするマーティンは東欧からの不法滞在移民ジーナ(ダイアン・クルーガー),元東独秘密警察シュタージのスパイ・ユルゲン(ブルーノ・ガンツ)と知り合い,彼らに自分がマーティン・ハリスであることを証明するために協力を仰ぐ過程で,謎の男たちから命を狙われる。

数々の事件の果てに,主人公のすべての記憶と事件の真相が明らかになるわけだが,その驚きの結末は映画そのものを観ていただきたいと思う。この映画はスパイアクション・ジャンルというべきものだと思われるが,スパイ・工作員が他者に成り切るところから来る皮肉なアイデンティティーをモチーフとした傑作だと思う。

リーアム・ニーソンはタイムリミットアクション映画『96時間』で,娘を誘拐して売春婦として売ろうとするアルバニア・マフィアと壮絶な戦いを繰り広げ娘を救い出す元CIA工作員を演じた。むちゃくちゃカッコいい米国退役軍人中年オヤジのイメージで好きな俳優である。「娘の命を救うためならエッフェル塔だってブチ壊す」という台詞が家族第一主義アメリカンの真骨頂であった。『UNKNOWN』でも多面的な役柄を見事に演じて凄かった。「ウソを言う奴は同じことを繰り返し問いただすうちに必ずボロを出す」というスパイとしての経験に基づいて,人間の真実を見抜くことのできるユルゲンも心憎かった。「ドイツ人は物忘れが激しい。ナチスのことも,共産主義もたった数十年で忘れ去った」— 味のある台詞である。いま現在の豊かなドイツにも,旧東独時代を引きずる人がいること,不法滞在移民が問題となっていること,など,日本人にはあまり想像できないドイツの病理にも触れられており,その点でもハッとさせられる映画であった。

久しぶりに,真相が明らかになるクライマックスの意味深長な人間認識のカタルシスを味わった。

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