かつて,冷戦時代,フランスのジョークにこんなのがあったそうだ —「大好きなドイツが東と西の二つあるなんて素晴らしいじゃないか」。まさにその通り。俺たちには大好きな朝鮮が北と南の二つある。素晴らしいじゃないか。冷戦時代なんかではなく,まさにいまこの瞬間に,なんだから,なんと素晴らしいことか。
リオデジャネイロ・オリンピックのサッカー・アジア最終予選である AFC U-23 チャンピオンシップで,日本代表が二つの大好きな朝鮮に勝利して,優勝を果たした。冷戦時代なんかではなく,まさにいまこの瞬間に,なんだから,なんと素晴らしいことか。この試合の興奮も冷めたお休みの今日,振り返っておこう。
1 月 30 日,決勝の韓国戦。俺は休日出勤で帰宅が深夜零時ころとなり,家に着いてすぐさまテレビの NHK-BS1 チャンネルを点けた(解説・松木安太郎と実況アナウンサーがやかましいテレ朝は見ないんである)。0-1 で韓国リード。画面には 43 分の表示。なに? もう敗戦で終わりかよ。違った,まだ前半だ。しかし,後半に入っても,わが日本代表は韓国のワンタッチパスのスピードと強力なフィジカルのプレスとに翻弄され,キリキリ舞いさせられているようにみえた。セカンドボールがほとんど拾えない。スピード,フィジカル,テクニック,さらに気魄のすべてにおいて,日本は韓国に負けている。あかんなあ。と,ゴール前中央にド・フリーで張った韓国フォワードに素早いパスを通され,こいつが素晴らしい反転でストライカーらしいシュートを決めて,日本は 0-2 に引き離される。
この瞬間で,試合を観ていた日本サポーターの誰しもが,こう思ったに違いない。これまでアジア大会でベスト 4 がやっとだったこの日本ユース最弱世代は — これまでやられっぱなしだったイラクを破って五輪出場を決めたので,よくやったと一方では讃えながらも —,やっぱ,韓国には勝てないアジアレベルのままで大会を終わるのか,と。俺もそうだった。さすが,34 戦無敗の韓国 U-23。それでも,韓国は今大会,後半半ばくらいから足が止まるというパワーコントロールの問題が結構目立ったので,付け入るスキがないわけではない,日本も一矢報いてくれ,と祈りながら,俺は諦めずに観ていた。また,破れるところをしっかり見届けるのもサポーターのつとめではないだろうか。
すると,快速フォワード浅野君がボランチ大島君と代わってピッチに入ると試合の流れがガラリと変わった。日本はカウンターの機を見て手数をかけずに前線にボールをフィードし,明らかに浅野君のスピードを活かす戦術を徹底しはじめる。と,浅野君の見事なワンタッチのループシュートで 1 点差に詰め寄る。その直後に左サイドバック山中君の絶妙なクロスから矢島君のヘッドで同点に追いついた。この畳み掛けて来る日本代表の豹変ぶりに韓国チームは怯えていた。そして,なんと,浅野君が投入されてからたった 15 分の間に,彼の技ありのゴールで逆転。日本はその後,韓国のいつもの退屈な攻撃 — 疲れで精度を欠くロングボール一辺倒の退屈極まりない攻撃 — を凌ぎ切り,3-2 のまま勝利してしまった。途中交代で入った豊川君の,何度もマイボールにしながらライン際で時間稼ぎをする様が痛快であった。ま,この劇的大逆転の流れは,2 点先制しながらなおも前がかりになって守備を疎かにした韓国チームの愚かな試合運びのおかげでもあるが(墓穴を掘るということの典型。おそらく監督 — 妻には「いまにも『ゲッツ!』って言いそう」としか見えない韓国代表監督 — がノーコントロールなのだ)。近所迷惑だからやめてと妻に叱られながら,俺は未明に大声を張り上げていた。
俺は信じられなかった。これまで,ここぞという大事な試合において,日本代表の信じられない逆転負けは何度も目にしたが,信じられない逆転勝ちを見た記憶が,俺になかったからである。もちろん,アトランタ五輪ハンガリー戦の残り時間三分で逆転し劇的勝利を果たした例がないわけではないのだけれども,この時はグループリーグ敗退がほぼ決まっていて,ハッキリいって,俺的にはどうでもいい状況だったんである。優勝を逃したあとになって阪神タイガースが好調になるいつものあれと何も変わらないようなもんだ。今大会前,ダメ世代と言われ,五輪出場も危ぶまれ,ここ二十年の最弱チームだと評された — 俺もまったく期待していなかった — この U-23 日本代表が,信じられない逆転勝利を大好きな韓国との決勝戦でやってのけた。しかも,大会フェアプレー賞をも受賞した。俺の子供たちの世代だ。ホント,感激した。
彼らは,己が弱者であることを自覚しているのか,守備重視という戦いの鉄則に忠実だった。俺はここに彼らの逆説的成功の要因があると思う。監督の功績があると思う。まるで,かつてのイタリア代表 — なぜか知らんが,いつのまにやら W 杯の優勝争いに食い込んでいたかつてのイタリア代表 — みたいな,ちょっと見ではつまらない守備的サッカー。しかし,数少ないチャンスをしたたかにものにする。手倉森監督 — 妻にはカンニング竹山にしか見えないらしい — 率いる U-23 日本代表は,ボールポゼッションにおいても,シュート数においても,相手に上回られても,最後に試合の結果を引き寄せて,勝ち上がって来た。日本 A 代表の攻撃的サッカーは,— そうそう,「自分たちのサッカー」とやらは,— アジアレベルでは通用しても,ワールドクラスではどっちらけなのを,2014 ブラジル W 杯で痛いほど思い知らされた。それだけに,守備から試合をつくった今大会の U-23 代表には,いいものを見せてもらった。これこそ弱者の戦略的サッカーである。これでいいと思う。
最初のゴールが決まったとき,ここでまだ負けているんだからすぐに試合を再開させようと喜びを抑えて自陣に素早く戻ろうとした浅野君,ゴールに転がるボールを駆け足で拾って戻って来る久保君の姿には,これぞ勝負師という印象を受けた。勝たなければ W 杯予選敗退が決まる戦いなのにたかだか同点ゴールを決めたくらいで大喜びして時間を浪費していた 1997 年・ジョホールバルの歓喜における城選手とは大違いである。こういうところにも状況を冷静に判断する勝負師としてのメンタルの成熟を見た気がして,俺は嬉しかった。
でもなあ。この U-23 日本代表,「強い!」という印象がまったくない。テレビで観ていてイライラさせられることのほうが多かった。攻守のキーとなるボランチのミスが目立つ。五輪本戦までにもっと安心して観られるようにしてくださいよ。とにかく,リオ五輪出場おめでとう! AFC チャンピオンシップ優勝おめでとう!
by MIYACCHI