寮に帰る

寮のビルに来る。何年ぶりかで帰って来た。否,年十年ぶりか。

エレベーターに乗り,六階のボタンを押す。硝子張りで外が見渡せる明るいエレベーター。子供連れの見知らぬご婦人がいる。

六階で降りる。否,俺の部屋は四階だったと気づく。そういえば部屋の鍵を持っていない。

部屋の前。鉄製の大きな扉。ノブを引くと開いた。と,もうひとつの扉。鍵が鍵穴に刺さったままだ。鍵を抜いて,頑丈なその扉も開く。

部屋に入る。何もない明るい部屋だ。古びた鉄柱がむき出しになった薄汚い部屋。

明るい窓をぼんやり眺めながら,ふと思う。俺はいったい何をやっているのか。

ここ何年も,ロクに仕事もせず,女とヤることばかりに明け暮れ,しかも二十人くらいは取り替えて来たような気がする。結婚し,妻と暮らしたこともあったような気がする。ただし,だれひとりとして女の顔を思い出せない。

俺はいったい何をやっているのか。空しい。なのに,悔いているというわけでもないし,深刻なわけでもない。

* * *

「それ,お父さんの願望じゃないの? 欲求不満でしょ?」— 今朝のヘンに生々しい夢見を,仕事から帰宅して妻と娘に話したら,娘がそう言う。夢判断の Web サイトを見て,いろいろ,ごちゃごちゃ,言っている。どうぞご随意に。「若い女がいいと思ってるんでしょ?」と妻 —「うん,まあ」。否,エロティックなところはまったくない夢だった。

娘の言うように,己の心の深層のくだらない姿を見た気がして,今日一日中怪しい気分だったのは間違いない。記憶喪失とはこういう状態をいうのか。確かに,夢のなかの私は,妻のことも子供のことも仕事のこともまったく忘れてしまっていて,しかも俺は俺だという自意識だけははっきりしていたのだから。

* * *

オバマ大統領の来日で,職場すぐの虎ノ門・外堀通りには,警察車両が列をなし,おまわりさんたちが交通規制をやっていた。街頭には星条旗と日章旗とがはためく。