川崎市民ミュージアムでロマンポルノを観る

年の瀬もいよいよ押し詰まって,及東(なつかれくさ)生ずる冬至・初候。等々力緑地にある川崎市民ミュージアムで妻と映画を観て来た。川崎市民ミュージアムは,川崎ゆかりの岡本太郎などの藝術家の作品,川崎の文化遺産を擁する川崎市民の美術館である。映像記録の蒐集にも力を注いでおり,年中なにかしら特集を組んで付属シアターで映画を上映している。題してシネマテーク。これがまた,目利きの学芸員がいるらしく,既成概念にとらわれない面白い特集を組んでくれるんである。

今回は「脚色術」という特集で,文藝・劇画の映画における脚色の諸相をテーマとして,1960-80 年代の邦画を択んでいる。今日観たのはポルノグラフィ。1964 年『砂の上の植物群』(吉行淳之介原作,中平康監督作品,日活)と,1980 年『おんなの細道 — 濡れた海峡』(田中小実昌原作,竹田一成監督作品,日活)。「既成概念にとらわれない」というのがおわかりかと思う。

『砂の上の植物群』は少女姦淫,マゾヒズム,近親相姦,痴漢・覗き趣味,女を巡る父子の相剋など,曲がったテーマを,パウル・クレーの抽象画のイメージに重ね合わせてニヒルに描いた作品である。バッハのチェンバロと黛敏郎の前衛音楽がこれを伴奏している。若かりしころの仲谷昇の狂的演技の光る作品だった。ちょっと観念的過ぎる感があり,いまの若い人が観ると,ポルノグラフィとも,哲学的作品とも,文藝的作品とも判然としない,むしろ荒唐無稽にすら感じられるかも知れない。

でも,この映画のとおり,1960 年代は映画が映画であった時代で,「本当らしさ」みたいなクソ概念に囚われずに,カットのひとこまひとこまに狂気と色気が漲っていたのである。旅館の一室でなされる素人女性による違法ヌードショーに視入る三人の男の,瞬きをまるでしない眼だけに光の当る奇怪な絵に,気の遠くなるような時間を使う。エレベータの中で男女が見つめ合い,扉が閉開するだけの長大なラストシーン。こんな映像は,海猿が世界の中心で愛を叫ぶ,ハリウッド猿真似現代日本映画では,絶対に観ることの出来ないものである。思うに『砂の上の植物群』のようなものこそを「ロマン」というのだ。

『おんなの細道 — 濡れた海峡』はまさに懐かしの日活ロマンポルノである。臆病で成り行き任せのダメ男を三上寛が,ヤクザの男から彼が寝取った女・島子を山口美也子が演じていた。島子をくれと談判に行って予想通りヤクザに殺されそうになって逃げ出した男は,途中で知り合った二人の女と関係してしまう。自殺を思いとどまった女とホテルで裸で抱き合いながら「なんでオレ,こんなことやってんだ? やめとこうか... ま,いいか!」。どこまで成り行き任せなのかと呆れる一方で,こういう奴こそがヘンにモテるんだなと苦笑してしまう。三上寛と桐谷夏子とが,雪の降りしきる三陸・宮古の海を眺めながら一緒に野グソするシーンは,なんとも荒涼としてかつのどかでよかった。ああ,ここも 3.11 で津波にやられたんだろうと想像して悲しくなったのだが。

山口美也子はいまやテレビドラマの名脇役として引っ張りだこの女優である。ま,歳を取った冷たい風貌からか,お家騒動の渦中にあるずる賢い中年長女みたいな役ばかりになってしまった。『相棒』なんかでもしばしば目にした。しかし 1970 年代後半から 80 年代前半にかけては,日活の売れっ子ポルノ女優だった。私自身は大学時代にリバイバルで彼女の主演デビュー作『本番』(1977 年,藤本義一原作,西村昭五郎監督作品,日活。おっと,藤本義一は私の高校の先輩なんである!)を観たものである。私も好きだったのだ。『おんなの細道 — 濡れた海峡』でも,『本番』でも,彼女はストリッパー役で,性的虐待の果てに荒んだ境遇に身を落とす女を切なく好演していた。いや,時代は変わるものである。

そういえば,学生のころはまだ地方にもストリップ小屋がたくさんあり,これら映画のシーンのように白黒ショー(いわゆるホンバン)や花電車ショーなどの演目が看板にデカデカと,ギトギトと,下品極まりなく出ていたものだな,とヘンな感慨に耽ってしまった。いまこんな出し物をやると興行主は即刻後ろに手が回るはずである。いまのストリップ,アダルトビデオは,なんと毒抜きされたことか。いや,時代は変わるものである。

私はポルノグラフィを独りでこっそりごまんと観て来たが,妻と観たのは今日がはじめてである。なんで妻に白黒ショー,花電車とは何なのかなんて説明しているのか? 日活ロマンポルノの上映に私のようなオヤジが集うのはごく当然なのだが,市民ミュージアム・シアターだからか,若い女性もちらほら眼につき,私は気恥ずかしくてならなかった。学生,チンピラ風情の男,労務者風のオヤジと一緒に,煙草の煙(「禁煙」と張り紙があるにもかかわらず!)と陰湿な臭いに満ちた暗闇で共同幻想的エロスクリーンに視入った学生のころを思い出すにつけ,つくづく思う — いや,時代は変わるものである。

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川崎市民ミュージアム・シネマテーク・チラシから

映画を観,10 キロ歩いて帰宅したあと,町内会の会合に参加。近所の町工場跡地にマンション建設が計画されており,日照問題,騒音問題,地盤沈下リスク問題等々を巡って業者との折衝をどうするか議論しているんである。ある程度は業者の譲歩を引き出したのだが,まだ納得しない住民がいて議論が白熱。こういう町内会の集まりはたいへん大事なので欠かさず出席しているんである。

今日は天皇誕生日にして,うちの長男の誕生日。クリスマスパーティも兼ねてささやかなお祝い。例年はそれなりにご馳走を食べるのだが,今夜はアソブンガクブの息子・アホーガクブの娘ともにアルバイトのため帰宅が夜 11 時過ぎになったので,ケーキ,オードブル,シャンペンだけでプレゼント交換をした。

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なんと,山口美也子デビュー作『本番』が DVD で出ておりました。こりゃまた観なくては。