接待 — あるいは,猫と話のできるSくんとストリップに行く

蒸留器レトルトの甘い薔薇の蒸気
熱せられた葡萄マスカットから滴る甘い液
太古いにしえの東方の地に産せる万能の香油ギリアド   
さこそわが恋人の乳房 に宿る汗の露
わが恋人の白肌のうなじに光るのは
汗ならず 真珠 の首飾り
— ジョン・ダン『比喩』

勤務先部署が地方自治体向け戸籍管理ソフトウェアパッケージの新製品をリリースする運びとなり,今日,名古屋の販売会社担当SE(システムエンジニア)を対象に製品説明会を開いた。会に引き続いて,いつものように懇親会。事業部ビルにあるラウンジで幹部が挨拶に顔を出すお決まりの立食パーティーだ。お開きの直前,生まれも育ちも名古屋の35歳のSE・Sくんを二次会に誘った。お次は,私がある時期に接待でよく使っていた,新宿歌舞伎町のクラブY。Sくんはその店のホステス・まどかちゃんが大好きなのだ。「行きましょう」—「ええ,行きましょう」。五年ぶりである。

昔,わが国も景気が右肩上がりで,わが商売では一台時価五十億ほどもする高価な大型汎用機が飛ぶように売れた絶好調の時代があった。公務員倫理法などというシケた法律もなく,接待も開放的であった。私は営業として銀座,新宿,浅草,錦糸町のいかがわしいクラブで連夜のようにお客様を饗応した。浴びるほど呑ませ,女を抱かせた。湯水のように金を使った。数十億の受注案件がぶら下がっていることを考えれば,それでも安いものだったのだ。錦糸町では,共産主義国家が崩壊して間もない混乱のロシアやハンガリーから出稼ぎに来た可哀想な(?)女の子に福沢諭吉を何枚か握らせ,お客様の言うことを何でもしてさしあげるように取りはからったこともある。こういう接待を恥ずべき営業手段と世の人は言うかも知れない。イエス。そう認めながらも私は喜んでやっていた。世の中には金ではどうにもならぬことがある。一方で,金を払えば許されることは,何をやってもよい。恥じることはない。

時代は変わった。日本経済はそれから間もなく急激に失速した。儲けているのは投資家とそのディーラーだけという理解に苦しむ経済構造と化したように見えた。金の切れ目が縁の切れ目を地で行くような世情になった。接待も相手が公務員となると厳しい制限が設けられ,事実上,オープンな立食の会合くらいでしか顧客と親交を深める手だてがなくなった。もうピンク色のギトギトした暗所にお連れすることはない。法律には従わなければならない。

でも,接待相手が関連企業の販売会社員となると,グループ企業のウチワということもあり,ホステスが横に座るクラブに連れて行くくらいはまだできる。もちろん,不況風が吹き荒れるこのご時世,領収書の額面として理由の立つ数万円くらいの「お食事」接待が予算の限界で(しかも,店員を説得して,許容額で領収書を分割させることすらある — 経理処理上,これは御法度なのだが。何故なら,領収書の分割は額面を低くすることになり,非課税限度額を下回ると脱税行為となるからだ),女色の匂いのするおもてなしはそれに準ずる範囲内ということになる。つまり,クラブに連れて行きホステスにお触りをさせるのが関の山で,昔のように「お持ち帰り」をさせ,泡姫に嵌めさせる余裕なんてありはしない。ま,Sくんは中部地方で弊社システム品を年に何億も売りまくってくれるやり手であり,少し度を超したもてなしをしたって構わない,と私は考えていた。おまけに,Sくんは私の数少ない友人のひとりでもある。

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John Donne

Sくんは社内外を問わず相手に対して常に礼儀正しく誠実な応対をする人物である。約束は必ず守る。決して自己保身のための嘘を吐かない — もちろん商売のために私も彼も,ウソにならない範囲で製品の欠点を秘匿し顧客をたんと籠絡して来たのだが。彼は学生のころ,名古屋の一流大学で応用物理を専攻しながら,どういうわけか英文学の教授にも私淑し,その指導のもとにジョン・ダン詩集原典を愛読したとのことだった。コンピュータ・システム商売の周縁で精神の同志を見出せなかった文学好きの私は,はじめて呑んだ席でこのエピソードを耳にし,すぐにSくんと意気投合した。私より一回り以上の若年であるにもかかわらず,SくんはHP−UXオペレーティングシステム — 米国ヒューレットパッカード社のブランド名 — と弊社の製品について,開発側にいる私よりも広く深い知識を身に付けている。私の担当製品の問題点を理路整然と指摘して改善点を提案するかと思うと,同じ口調で英国バロック期詩人の綺想と聖なる淫蕩に言及する。バッハが好きだという音楽の趣味でもウマが合った。こんな精神的同志が同じグループ会社にいるということ自体に私は喜びを感じた。

しかし,私がSくんに強く惹かれるのはその人柄と趣味の点だけではない。彼は猫と話ができるのである。

キジトラ猫

否,話ができる,というのは正確ではない。ニャーニャー,あるいは名古屋流にミャーミャーやり合うのではなく,互いに見つめ合っていると猫が何を考えているのかが解せられるというべきである。そして,己の意思を猫に伝達できるというべきである。

五年前。クラブYで,笑顔の愛くるしい,鼻筋の通って,切れ長の,しかしどこか淋しげなところのある目をした,美しいまどかちゃんと,三人で,楽しく,イヤらしく呑んだあと,終電の気になるころ合い。コマ劇場 — いまはもうなくなってしまった — 辺りを二人で歩いていると,煙草の自販機のそばでじっと香箱を作るキジトラの野良猫がいた。Sくんはそれを認めあっと叫ぶや,慌てて近寄って猫の鼻前で,地べたに座り込んだ。猫と目で会話しているらしかった。しばらくしてSくんが「わかりました。必ずお伝えします。約束します」と神妙につぶやくと,猫はそそくさと姿を消した。「どうしたの?」と私が言うと,「新宿ニューアートのK.Kという踊り子宛てに,とても大事な伝言を預かりました」とSくん。「なるほど」。私は少し考えてから納得した。要するにストリップショーが観たいということだろうと。このスケベ。持って回ったおねだりをするものだ。ま,私もこういう捻りは嫌いではない。「じゃあ,これから行きましょう」。

新宿ニューアートは歌舞伎町・ゴールデン街にある,浅草ロック座系列の老舗のストリップ劇場である。劇場というよりは,そう,小屋というに相応しく,客が三,四十人も入れば満杯になってしまう。私はSくん以外にも何度かお客様をここに連れて来たことがあった。ヌードショーの半券を接待領収書扱いで経理部に提出するのはさすがに今も昔も不可能だが,これくらいの身銭を切るのは仕方がない。風営法の制限時間・深夜0時に近いこの刻限,公演終了間際のストリップ小屋に入るのは,正直,躊躇われた。小屋の前に掲げられた香盤 — すなわち,その日のストリップ公演に出演する踊り子の一覧 — に,K.Kの名前と唇も婀娜なる写真があった。「確かに。K.K。いい女ですね。どんなおまんこしてるんでしょうか。行きましょう」。半地下への階段を降り,私は二人分の料金を支払った。

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箱に入ると舞台では,いましがた演技の終わったばかりの踊り子がちょうど大股開きで客にポラロイド写真を撮らせているところだった。明るくなった箱で,むき出しの音響装置や照明機器とともに,「盗撮禁止。罰金五十万円」だとか,「自慰厳禁。罰金百万円」だとかの,相変わらずの,白ける,汚らしい貼紙が目に飛び込んできて,哀しくなった。世の景観とは,一パーセントにも満たないごく少数の愚かな放埒者の存在によって,決定的に損なわれるものである。

ほどなく照明が落ちて,音楽が轟きだした。折よくK嬢の演技がはじまった。菖蒲柄も艶なる小袖姿。着物にあしらわれた須磨の源氏香文様が心憎かった。ロックの激しいリズムに合わせて手際よく帯を,襲を解いて行く踊りは見事だった。Kのダンスは,ハダカで抱き合うだけではつまらない,セックスには,何かしら,フィクショナルな愛戯が必要だ,ということを改めてわからせてくれた。鍛えられたプロのダンサーだ。ベッド — メインの舞台から伸びる花道の先にある回転式円形小舞台 — でスキャンティーを脱いで足首に結んで全裸になるあたりには,香油を噴いたように汗が上体に煌めき,緩やかな動きにかなりの力を要するらしく,女の大腿,二の腕,指先が,小きざみに震えていた。

「ヤスダさん,僕は猫だけじゃなくおべんちょとも話ができるんです。あ,ヤスダさんは京都のご出身でしたね。おべんちょとはおめこのことです」— Sくんはスポットライトを浴びたKの青白い裸体から目を離さないようにしながら,私の耳元でそう呟いた。「は?... あ,そうでしょう,そうでしょう。僕もアレは大好きですから。小沢昭一的こころってやつですね」。「でも,毛を剃ったおべんちょとは何故か話が通じない。どうしてなんでしょう。僕は陰毛の綺麗な女性のおべんちょとこそ通じ合えるのです。ロールシャッハテストの図案は皆それに見えて話しかけてしまうくらいなのです」。

私にはSくんが,何か,こう,川の対岸に行ってしまった者のように見えた……。「猫とかけておまんこと解く。その心は — どちらもプッシー」と,くだらない冗談を発して,私は動揺をごまかす。とはいえ,彼はおべんちょ,おめこ,要するに女性器を巡ってすら,UNIXオペレーティングシステムのスレッドメカニズムや,先の国会で可決された法案のビジネス環境への影響についてなど,仕事の話をするときとまったく同じ落ち着いた口調で,含み笑いもなく,真面目に,ごく自然に,フラットに,語る。そして,弊社ソフトウェア製品への顧客要望を説明されてでもいるかのように,こちらも何の違和感もない。

「あ,ちょっとすみません」と彼は,そっと席を外し,最後尾席でうつらうつら居眠りしている客にそっと近づいてゲンコツをひとつ食らわせて戻って来た。「Kさんの綺麗なおべんちょが『私を視ないで寝てるヤツがいる』って訴えるものですから」。当の客は,突然の頭部の衝撃に何が起きたのか当惑しながらも,改めておべんちょに関心を集中させたようだった。Sくんは腐乱した蘭の花弁のようなKの女陰を静かに見つめていた。

Kの演技が終わった。満足した。「Sくん,ポラ(ポラロイド写真を撮らせてもらいに)行きましょう」—「そうですね,伝言を伝えなくてはなりません」。私たちの順番が来た。野口英世を二枚K嬢に握らせる私をよそに,Sくんは彼女の耳元で何かを囁きはじめた。彼女が不審の振舞に迷惑がるそぶりを見せたので,私はちょっと危険な臭いを感じSくんを制しようとその腕を引き寄せた瞬間,Kの大きな目から涙がぽろぽろ零れ出した。「どうして,お客さん,知ってるの? え,そうなの,ほんと? 知らせてくれてありがとう……」。Kの表情には,何か,生まれてはじめて泣ける映画か絵画に出逢ったかのような,晴れやかな感動が現れていた。「その方からの伝言をお伝えしたまでです」とSくん。いったい何が起こっているのか。

それからひと呼吸おいて,SくんはKに,深紅のハイヒールを着けた脚を左右に大きく広げて紅色のおべんちょを指で開かせ,できる限り大きく写るよう近づいてカメラのシャッターを切った。「おべんちょ,おべんちょ,うっれしいなー」と楽しそうに唄を唄いながら。「お弁当,お弁当,うれしいな」じゃないの? 一枚目のポラロイドフィルムが思い切りゆっくりと迫り上げられる。二枚目。ロールシャッハテスト。「あんまり近づくとピンボケしちゃうよ」とKは涼しく笑った。

「猫の伝言って何だったの?」— Kのオープンショーが終わったところでストリップ小屋を出ると,激しい好奇心を隠せず私はSくんに訊いた。「あの人 — 猫のことらしい — と約束したんです。内容をKさん以外に漏らしてはいけないのです。いくらヤスダさんが信頼できる方でも。ただ,ひとつだけお教えします。とっても幸せな内容でした。あの人はKさんの思い出のなかでとっても大事な方なんだそうです」。

あれから五年。今夜も歌舞伎町クラブYに,そして新宿ニューアートに,Sくんを連れて行った。彼が製品説明会のために久々に上京すると聞いたとき,そうすることを私はこころに決めていたのである。「おべんちょ,おべんちょ,うっれしいなー」がまた聞けた。しかし,まどかちゃんにも,K嬢にも,そしてあのキジトラ猫にも逢えなかった。五年の間に皆,もう私の知らないところに去ってしまった。タクシーにSくんを乗せる間際,歌舞伎町のネオンの向こうで,一瞬間,冷えたレトルトのようなKの乳房に涙が滴った。やっぱり訊いちゃいけないと自分に言い聞かせた。

 
平成の舞姫たち (Motor Magazine Mook)
モーターマガジン社
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