江戸川乱歩『屋根裏の散歩者』

映画『屋根裏の散歩者』はいうまでもなく江戸川乱歩の同名短篇の映画化である。1994 年,乱歩生誕百周年記念作品。監督は実相寺昭雄,主演は三上博史,嶋田久作,宮崎ますみほか。

乱歩の倒錯した耽美趣味をいかんなく発揮した映画である。1920 年代が舞台。私の酷愛する大正浪漫。演劇風の室内的陰湿さが,乱歩特有のあの狂った耽美趣味に相応しい。私は原作を高校生のときに読んだ。屋根裏から他人の生活を覗き見るという行為は文学の楽しみにほかならないこと,誰にも見られていないという安心感のなかでの人間のなすこの上ない楽しみは黝い淫らな趣味に耽ることにほかならないこと,そして私的な範囲ならそれはべつに悪でも異常でもないこと — そんなことをこの作品からつらつら感得したように記憶する。

本作品のエロティック映像にはただのピンク映画と変わらない卑俗感がある。でも,大正の風俗様式がその卑俗感を異化してくれ,それゆえに楽しむことができる絵になっている。しかしながら,私の思うに,この映画のなによりの美点は,橋下功による音楽・『屋根裏の散歩者のための五重奏曲』にある。不協和音と九度進行旋律を特色とする現代音楽風の病的な音響はこれだけで堪能できる。サウンドトラック CD を探しているのだが残念ながら入手できないでいる。

作品のストーリーが倒錯した性のモチーフに満ちた異常なものであるのに対し,主人公・明智小五郎はそういった狂の物語性を「真実だけが知りたい」という醒めたキャラクターで相対化してしまう。ちょっと白けた捉えどころのない俳優・嶋田久作は,そうした明智役として嵌っていた。精神に異常を来したバイオリニスト役で登場する女優・宮崎ますみは,この『屋根裏の散歩者』あたりから清純派を脱却し,『奇妙なサーカス』(2005 年)における性的狂女のような危ない役所もこなす女優に成長したのではないだろうか。
 

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ジェネオン エンタテインメント (2005-02-25)