頭を冷やして

日本女子代表がワールド杯優勝を果たしてまる二日。月曜朝,試合が終わったとき,私は呆然自失状態であった。興奮も冷めようやく少しずつワールド杯優勝の意味を考えはじめている。

ドイツに勝利してから俄に日本中になでしこブームが沸き起こり,いまやフィーバー状態である。どんな形であれ「あの」FIFA World Cup の Champion に日本がなったのだ。私は日本が目も当てられないくらい弱小だった時代をよく知っているだけに,この快挙はホント感無量であって,いくら世の中が加熱してもし過ぎることはないと思っている。震災復興への思いがなでしこたちを駆り立て,そして日本国民になにかを齎した。これは比喩として「歴史的」というのではなく,おそらく本当に東北大震災と付随して歴史教科書に記述されるカイロスになる出来事である。ただ,このフィーバーが一過性で終わらずに,女子サッカー界の人たちの待遇が改善され,わが国のサッカー文化がさらに向上していくことを強く望む。

澤の同点ゴールを目の当たりにしたときは,「神風」が吹くということの意味を考えさせられた。ここぞというときの瞬間的パフォーマンスにおいて澤選手と宮間選手というタレントの凄さに恐怖をすら覚えた。こんな試合を日本人ができることが信じられなかった。

そして PK 戦。PK 戦は運である。が一方で,メンタルの強い方が勝つというのが私の抜き差しならない思いである(ペナルティ・キックはまず入って当然なので,それを外してしまうことがすなわち敗退であって,「メンタルの強い方が勝つ」というよりは,「精神力の弱い方が負ける」というのが適切かも知れないけれど)。今回,サッカーのレベルでは「圧倒的に」米国に打ち負かされた日本は,耐えに耐えて PK 戦で勝利を盗んだというのが私の正直な感想なんである。サッカーの質では世界一とはとても思えないが,しかし,この大一番の精神戦を制したという点で,これ以上誇らしい勝利はないのである。

PK 戦の日本チームのキッカーとして,宮間,近賀,永里,大野,澤の五人がこの順番で出て来るに違いないと私は考えていた。胆力を問われる PK は経験豊かな攻撃的プレーヤこそが相応しいから。しかし,宮間,永里以外は外れてしまった。澤選手が PK で禍根を残した経験があるのを忘れていた。まず宮間選手が男子代表・遠藤選手のような頭に来るくらい落ち着いたコロコロキックで確実に決め,ケレン味たっぷりのガッツポーズ。この時点で日本の勝利を確信したも同じだった。それでも,四番目に二十歳の,しかも DF の熊谷選手が出て来たのには本当に驚いた。緊張と外した場合を思う恐怖とで,彼女の目が泳いでいる。一瞬の間,天を仰いだ。フランクフルトスタジアムは屋根付きなので星空は見えなかったはずであるが,覚悟を決めたようである。ゴール左隅上方に突き刺さる,潔いとしかいいようのないキックだった。これで勝負が決まった。なんで熊谷選手に蹴らせたのだろうか。もちろんキーパー海堀選手の神懸かりのセーブこそが勝因なのではあるけれども,私はそのことばかり考えていた。涙が出て来た。私の子供と同じ歳ごろの娘さんに最後を締めくくらせた。これは間違いなく監督のなにかのメッセージだと私は疑わなかった。

それにしても。アジア杯男子代表の優勝,このワールド杯女子代表の優勝。決勝戦に行くと日本チームはなぜこうも落ち着いているのか。そして必ず勝つ。この若者たちを見ていると,「失われた十年」で日本の進んで来た道(教育など,もろもろのこと)は間違ってはいなかった,とちょっと飛躍したことを考えてしまった。この世代の若者たちが歳をとって世の中の中心になれば,いまの馬鹿な年寄りがダメにした日本を必ず復活させるに違いない。
 

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アジア杯を纏める素晴らしいビデオを作ってくれた sonarediter 氏が女子ワールド杯についてもすぐさま美しい作品をアップしてくれましたので,ここにも embed しておきます。
 

付記:

その後ビデオが削除されてしまった。幸いにも,ここに再掲されております。
 

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付記:

どこかの文学者知事が,ワールド杯・日米決勝戦を前にした会見で,次のように語ったらしい:「俺なんか古い人間だから65年の遺恨というのがあるわけだよ。戦にやぶれてからの。とにかくコテンパンにやっつけてもらいたいな」。サッカーなどのスポーツの国際試合を「代理戦争」だのとカッコ付けて言うのが結構いるんだけど,ホント,ガサツな,vulgar な奴らだと私は思う。この文学者知事さんのようなガサツな国威発揚根性でサッカーを眺めているからこそ,中国,韓国のやるサッカーが,仮想敵国日本に対する単なるガサツな「怨恨的闘争」に堕してしまい,かつては自分の後ろを走っていた日本にいまや遠く追い越されてしまったのだ。そういうことが何故わからないのか。「代理戦争」— 言いたいことはわからないでもないが,こういう考え方は日本でも半世紀以上遅れている。スポーツは文化である。プレーの技術力,精神力は藝術にほかならない。(ダメです。頭を冷やしたつもりが...)
 

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World Cup Champion のこの記念すべき新聞報道は,ちゃんと保管してあります。