おぼっちゃまくん

私が仕事から早めに帰ると,娘がまだ制服を着たままでテレビを見ている。アニメばかり垂れ流している TOKYO MX で『キテレツ大百科』とか『おぼっちゃまくん』なんかを見ているんである。「おめぇ,高校生にもなってまだこんなガキ番組見てんのか!」と腐しながら,いっしょになって見てしまう私も,相当,愚かである。

『おぼっちゃまくん』は,財閥の御曹司・御坊茶魔の繰広げる低俗アニメである。「友だちんこ」とか「絶こうもん」とか,哀れなくらいレベルの低い駄ジャレネタだけで成立している感がある。JC テレビ広告「おはよウナギ,いただきマウスで,楽しい仲間がポポポポーン!」は,同じ低レベルの言葉遊びでも,心が和む。けれども,『おぼっちゃまくん』の場合は幼稚園児・小学生大好き下ネタばかりなんである。

ヘヲナルド・チャ・ビンチなる芸術家が出て来る。その描いた絵のなかで老婆が見栄を切っている。絵のタイトルは『最後のバアんさん』。御坊茶魔がニセ茶魔に陥れられ牢獄に幽閉されてしまう。その際,「外すと命はないぞ」と言い渡されて仮面を着せられる。男の陰部を象った「ちんかめん」を。鉄仮面伝説のパロディーだろうが,「ちんかめん」はねぇだろ! でも,こういうのを見て娘とケタケタ笑うわけである。見た後の言いようのない虚無感は,ご想像いただけると思う。『おぼっちゃまくん』は小林よしのり原作。この人,こんな低級マンガで下ネタ大好き小学生のお小遣いを掻集めるだけでは満ち足りずに,最近では『戦争論』とかの講釈でもって同じような低レベルを今度は大人を相手に発揮してくれている。語るに落ちる,というものじゃなかろうか。

『おぼっちゃまくん』に,「貧ぼ耐ぞう」なるキャラクターが出て来る。今は零落してしまった上流家庭の坊ちゃまという設定なのだが,ビンボーを理由に,前半分しかない服を着ている。前から見ると立派なスーツを着ているように見えるが,後ろから見ると背中,尻が丸出し。ビンボーで 5000 円しか予算がないとき,10000 円の服の前半分だけで済ますか? 常識的には,5000 円のきちんとした安物完全品を買うはずだろ! これはなにかの風刺に違いない。『おぼっちゃまくん』の数少ないキレ。最近,これに似たような話があった。

東北大震災では海外から多くの支援が寄せられ,規模の大小はあれ,世界の 130 余の国々から暖かいメッセージとともに支援物資・義援金を日本は頂戴した。インターネットでも「ありがとう」が様々な形で発信されている。ここまで世界の応援が貰える日本という国も捨てたもんじゃないと,私は逆説的に気が付いたくらいであった。ところがこれを受けて,日本政府が感謝広告を海外紙に掲載したのだが,それがなんと,たった 7 紙だけだった。しかも米国,英国,中国など主要国に限定。政府のこの対応は,ただちに国会で非難囂々の目に会った。130 何人からお見舞いを貰ってたった 7 人にしかお礼を言わない,なんて,フツーの常識人なら呆れ返るはずである。そういうことを日本国の政府は堂々とやるわけである。しかも,国会での追及に民主党・松本剛明外務大臣は「被災地復興支援で予算を割く必要のある状況下,感謝広告の予算がなかったから」などとウソ丸出し(何故なら「被災地復興支援」は外務省の予算とはまったく関係ないからだ)の言訳をしていた。松本大臣,いったいあなたどこに眼が付いてんですかね,霞ヶ関しか見えないみたいですね。不作為菅政権らしい体たらく。

これ,やっていることは,5000 円しかないから 10000 円の服の前半分だけを買ったんだという「貧ぼ耐ぞう」の論理とまったく同じではなかろうか。普通の神経の持ち主なら,持っている金で,たとえ満足できる質は適わなくとも,130 余の恩人すべてにお礼をするはずである。日本政府のこの非常識のおかげで,日本国民全体が海外の人々から礼儀知らずだと思われたのはまず間違いあるまい。これも東洋の神秘かと。ところが実際は,政府が — わかり易いことに — 貧ぼ耐ぞうのように,ただ体裁だけ取り繕おうとしているに過ぎないのだ。幸い,大人の常識がわかる国会議員による追及のおかげで,その後すぐ他の国々に対しても,菅直人内閣総理大臣名義で感謝広告が出された。